<La Guitarra 編集後記> 2008年3月号

どじょうさん

◆我が家のメインペットはこの欄でもおなじみ「亀蔵」です。かれこれ10年以上前、車道を暢気に横切っているのを見つけて救出、どうやら野良亀らしいということでそれ以来我が家のメインペットの座に君臨しています。そのほかにペットといえば、わずか一日だけのペット、スズメの「チュンスケ」もこの欄で紹介しました。なぜ一日だけだったのかというと、小雀の上に体力が弱っているらしく、猫に睨まれて竦み上がっており危機一髪、というところをこれまた救出介抱して元気にし、翌日に親元に返してあげたのです。この救出劇と親子再会をこの欄に書いたのですが、涙なしには語れない感動の物語ですので読んだことの無い方はぜひこちらで一読ください。そして、今回は初登場の第三のペットを紹介します。常日頃から「猫嫌いの犬好き」と公言しているのでさては柴犬でも飼い始めたのか、などと思った方もいるかもしれませんが、意表をついてなんと「泥鰌」。そうです、「ドジョウ」。なぜか食べ物になると「どぜう」と書いた方がぴったりします。が、我が家では食べるなんていうのはとんでもない話です。なんといってもこのドジョウ、縁日のドジョウすくいで何百匹もひしめき合っているところを我が家に連れられ、以来何と15年も生きています。これはまさに「ドジョウ救い」といっても過言ではありません。しかし所詮ドジョウということで当初は呼び名すらなく、洗濯機の脇に置いた小さな水槽の上には洗剤などが置かれたりして文字通り日陰の存在でした。それでもさすがに10年以上も経ってくると妙な愛着が生まれ「どじょうさん」という呼び名(まんまですが、性別も判らないし・・)を付けてたまにご機嫌をうかがったりするようになりました。当初から年々大きくなり、一時はウナギの子どものようになったのですが、ここ数年は相当な高齢になったのか痩せ細ってきたように見えます。数ヶ月前などは体も弱りきったようで、ついにはお腹を上にしたまま動かなくなってしまい、いよいよどじょうさんも身罷られるか、と覚悟したのですが、なんと数日で復活、この冬も元気に乗り切りました。それにしてもドジョウの寿命はどれくらいなのでしょうか?ご存じの方いましたら、ぜひ教えてください。(ほりい)

<La Guitarra 編集後記> 2007年11月号

譜面の準備はお早めに

 クラシックギターのコンサートでは、一般に独奏では譜面を見ないで暗譜で弾きますが、重奏やアンサンブルの場合は譜面を見ながら弾きます。何故ですか?と聞かれることも多いのですが、僕もよくわかりません。また、独奏で譜面を見てはいけない、という決まりもありませんし、逆にアンサンブルを暗譜で弾いても全く問題ありません。何となくいえることは、独奏曲では左指の動きが大きい場合が多いので、譜面から目を離さざるを得ないこと。また、重奏、アンサンブルの場合は、一般に独奏ほどは押弦が複雑でないことと、他のパートの音符も見えたほうがアンサンブルがしやすいことなどが、理由でしょうか。それから僕の経験では、独奏とアンサンブルではどうも脳の働き方が違うような気もします。独奏では常に自分の音に集中しますが、アンサンブルでは、相手とのコミュニケーションが大事です。相手の音を聴いて、こちらが応える。それに対してまた相手が反応する、という会話のようなものです。ということで、独奏、アンサンブルでは脳の担当部署も違い、それが譜面の有無にも関係するのかもしれません。脳の話はさておき、おさらい会に向けてアンサンブルの練習をしている方も多いと思いますので、譜面に関するアドバイス。僕の譜面に関係する失敗談を読んで反面教師にしてください。「ページをめくろうとして落としてしまった」「ページをめくったら次のページが逆さまだった」「ページが多すぎて巻物のようになってしまい譜面台から垂れてしまった」「3ページの曲なのに3ページ目を裏に折り返してしまい、まだ曲が続くのに先の譜がなくて焦った」「長いので縮小コピーしたら小さすぎて見えなかった」「野外コンサートの時、風で譜面が飛んでいってしまった」「パート譜を切り貼りしたら一段分抜かしてしまった」「前日に譜面を作り直したら様子が違って弾けなくなってしまった」「赤のマーカーで運指を書きこんだが、ステージで赤い照明があたったら見えなくなってしまった」「そもそも譜面を持ってくるのを忘れてしまった」・・・転ばぬ先の杖にしていただければ幸いです。

GSNトリオ旅報告〜2007年11月1日(木)

長崎公演〜小浜→南島原市→小浜

 昨日は島原半島のほぼ再南端、南有馬町と口之津町での公演の後、最終宿泊地の小浜に向かいました。 雲仙小浜のホテルは、リゾート風の広いツインルームで、大浴場には 大小の湯船、打たせ湯、寝湯などの内湯のほか広い露天風呂もあって旅の終盤の疲れた身には最高です。 温泉の効果か今朝は夜明け前にすっきり目覚めたので早朝の散歩に出かけました。ホテルを出ると すぐソテツの木が並ぶ南国風の海辺に出ます。防波堤には釣り糸を垂れる地元のおじさんが数人、その横 に小さな漁船が並んでいます。こういうところで潮風を感じながら散歩というのも旅情があっていいものです。 とはいえこのままのんびりしているわけにはいきません。八時前には集合して出発、今日は午前に加津佐町、 午後は南串本町の中学校で公演しました。海と山と空に囲まれた島原半島の生徒たちはのびのび明るく ここまで気持ちよく演奏を続けて来られました。今日で17公演を終了、いよいよ明日は最終日です。

GSNトリオ旅報告〜2007年10月31日(水)

長崎公演〜島原市→南島原市→小浜

 やっと思い出した驚きのメニューは、次の通り。 霜降り牛のしゃぶしゃぶ(おおぶりの肉3+野菜・豆腐など)、殻付き牡蠣・活さざえ・海老の海鮮酒蒸し、 ふぐ刺し、あらかぶの刺身姿1尾、マグロ大トロ刺身、ローストビーフ(大3枚)、 キンキ?煮付け、地鶏の刺身盛り合わせ(たたき・炙りなど)、サーモン山かけ、イカ刺しといくら、 鱧の焼き物、鯨ベーコン風+さらし鯨、イカの塩辛、茶碗蒸し、あらかぶのみそ汁(これがでかい)、漬け物、ご飯(おひつ)、みかん。(写真で全てではなく、この後まだ運ばれてきました)どれも新鮮でとびきりの素材です。これで、本当に3千円でした。しかも温泉入湯料300円!あまり驚いたので2日にわたりこの旅館の話で終始してしまいましたが、 この間、島原半島を南下しながら公演が続きました。昨日の公演後、すぐ近くに島原の乱で天草四郎率いる軍勢の城となった 原城の跡がある、ということで立ち寄ってもらい散策。天草四郎らの墓があるのと一部に石垣の跡 が残っているだけで城らしい様子はないのですが、逆に想像が膨らみ、なかなか趣深い城趾でした。

GSNトリオ旅報告〜2007年10月30日(火)

長崎公演〜島原市→南島原市

 今回の公演のマネージャーはGSNトリオとは初顔合わせのN嬢。温泉好き、城マニア?の大阪娘です。 そのN嬢が、近所に温泉だけでもOKの渋い旅館がある、という情 報を仕入れてきました。 昨晩は禁酒日と決めていたのでさっそく単独行動でその旅館に行ってみることにしました。 教えられた道を行ってみるとありました。たしかに渋い!これぞ昭和30年代の旅館そのままといった佇まい。 開けっ放しの玄関を入っても誰もいないので、大きな声を出すとようやく奥からおばあちゃんが「お風呂?」などと 言いながら現れました。ぶっきらぼうながらもどこか愛嬌のあるおばあちゃん、「風呂はそこだからね、上がったら 声かけてね」ということで料金を払うでもなくとにかく風呂へ。旅館の風呂といっても湯船は二人がやっと 入れるほどで風呂場も超レトロ!先客の初老の紳士に挨拶して湯船に入ると自然に会話が始まりました。演奏の 仕事で横浜から来た、と話すと土地のことなどいろいろと親切に教えてくれました。老紳士曰く、この旅館は 見てくれは悪いけど、温泉の質も最高、さらにここで出す料理は、素材の良さに加えてすごいボリュームで 有名、遠く県外からのリピーターも多い、とのこと。それなら、ということでここで一人で食事をすることに。 風呂からあがり、おばあちゃんに「食事もしたいのですが・・」と頼むと「コースはいちおう4千円なんだけどね、いくらでも かまわんよ、それなりにするから」ということなので、「一人だし今日は酒も飲まないから三千円くらいで お願いします」と言うと二階へ案内されました。これが、また渋い!一言でいうと「寅さんの世界」。懐かしの昭和にワープした ような感慨に浸っているところに運ばれてきた料理をみてホントに驚きました。 あまりのボリュームにメニューを思い出すだけで大変なので明日に続く。(写真はレトロな渋い温泉)

GSNトリオ旅報告〜2007年10月29日(月)

長崎公演〜島原市→南島原市

   週末はメンバーそれぞれ別行動、ヴァルガスはレコーディングの仕事、僕は横浜に帰ってレッスン、ということで 最終便で帰京したのですが、大橋兄弟は九州に残ることに。なんでも「死ぬほど美味い馬刺」を求めて 熊本に行き、さらにはアルコールを抜くためなのか「砂蒸し風呂」に入るため鹿児島は指宿まで足を のばして来たそうです。そしてヴァルガスと僕は日曜夕方の便で再び長崎へ。空港からはタクシーで 2時間弱、島原到着は8時でした。例によってスタッフ揃って後半戦スタートの乾杯です。
 後半スタートの今日は南島原市の布津と有家(ありえ)のそれぞれホールでの中学校公演でしたが、 和やかなムードで演奏を終えました。

GSNトリオ旅報告〜2007年10月26日(金)

長崎公演〜島原市→南島原市→一時帰京

   昨晩はホテル近くの居酒屋に全員揃ってプチ観光の打ち上げ。(何でも打ち上げですね) この後、ほろ酔いで飲み足りないGSN3人はホテル近くの屋台へ。九州は博多だけでなくどこへ行っても 屋台があるのがうれしいです。屋台の先客は地元のおとうさんが一人、屋台のママさんを交えて 普賢岳噴火の時の話などをしていると、もう一人初老のおとうさんが登場。ママさんとの会話の様子から どうやらこのおとうさん、仕事で定期的にこの地に来ている常連さんのようです。 狭い屋台ですから、袖すり合うも・・ということで話をしていると、なんとこのお父さん、 横浜から来ているというではないですか。「横浜のどの辺ですか?」「南区なんだけど」 「えー、僕も南区です」、ということで結局歩いて行けるくらいのご近所さんでびっくり。 さらには、同じ中学の先輩ということも判明。しばらくローカルな話題が続いたのでした。
 一夜明けて、前半最終日の今日は島原市の中学校で午前公演のあと午後は南島原市のホールで演奏。これで 前半9公演を終え、メンバースタッフはそれぞれ別行動ののち日曜日の夜に再び島原市に集合となります。 (写真は紅葉が始まった雲仙)

GSNトリオ旅報告〜2007年10月25日(木)

長崎公演〜島原市→雲仙観光

   今日は島原市の中心、お城のすぐ隣の学校で午前公演を終えたあとは半日オフ。 ここまで来て雲仙に行かないのもいかがなものか、ということでレンタカーを借りて メンバー、スタッフ6人全員でプチ観光に出かけました。 雲仙といえば十数年前に大災害を起こした普賢岳が有名ですが、この時の噴火で山の形が大きく変わり 隣に平成新山という新たな山が誕生したのだそうです。峠の展望台やロープウェイから眺めると 標高が高いせいか早くも紅葉が広がり、素晴らしい眺めです。 しかし一方で一部には噴火後の土石流災害の痕跡もしっかり残っており、 こうして目の当たりにすると自然災害の凄まじさを実感します。 ここまで来たら名高い雲仙の温泉にも浸かっていきたいところでしたが、半日プチ観光では 時間がなく断念、温泉は来週に持ち越しです。(写真は妙見岳から普賢岳をバックに)

GSNトリオ旅報告〜2007年10月24日(水)

長崎公演〜島原市

   島原と熊本は目と鼻の先、海に出ると対岸にうっすらと熊本の街が見えます。そういうことなら、馬刺を 賞味しないわけにもいくまい、ということで昨晩は馬刺と芋焼酎という超九州的組み合わせ。 僕としては馬刺は嫌いではない、という程度のものなので年に1、2回食べるくらいですが 今回は初めて「タテガミ」をいただいてみました。なんでもこの「タテガミ」、好き嫌いが はっきり二派に分かれるそうです。見た目は真っ白で牛脂の薄切りといった感じです。「タテガミ」 といってももちろん毛ではないですから馬にとっては頭皮にあたる部位なのでしょうか? おそるおそる食べてみましたが、まあ予想通り、一切れで十分といったところ。
 一夜明けて、今日は有明町の立派なホールで午前公演のあと午後は下宮町の学校で演奏いたしました。 (写真は島原城)

GSNトリオ旅報告〜2007年10月23日(火)

長崎公演〜雲仙市→島原市

   こちらは毎日スカッとさわやかな秋晴れ。昨日の初日は島原半島の付け根にあたる愛野町、吾妻町で 公演、そして今日からは左手に有明海、右手に雲仙岳を眺めながら半島の外周を時計回りに移動して行きます。 午前は瑞穂町、午後はサッカーで有名な国見町での公演を終え島原市に移動してきました。ホテルから 島原城がすぐ近くに見えます。まだ何とか拝観できる時間ということなのでGSNの3人でさっそく 出かけてみることに。入り口で記念写真用の鎧甲を発見、いいオジサンが3人揃って時代劇の合戦ポーズでワイワイ。 それにしても僕の合戦姿はいかにも雑兵、時代劇でいうと真っ先に槍で突かれてやられてしまう役です。 もっとも似合うのはやはり大橋兄、風林火山のロケにそのまま出られそうです。あんまり似合うので、入場券売り場のおばちゃんに「このまま拝観してきてもいいですか?」などどギャグを言って白い目で見られながら城の内部へ。 島原城と言えば「島原の乱」「キリシタン弾圧」「天草四郎」「天正の少年使節団」ということで、 そのあたりの史料をお勉強してきました。(右は大橋大将イメージ)

GSNトリオ旅報告〜2007年10月22日(月)

長崎公演(初日)諫早市〜雲仙市

   今年の長崎公演初日は午前、午後とも雲仙市の中学校での演奏。毎度のことでも ツアーの初日はやはり緊張感があります。演奏面で新曲が加わっていたり、という こともありますが、学校公演の場合はかなりの量の音響機材に不備がないかどうか が大問題です。今日の初日もつつがなく、といいたいところでしたが、実際は演奏中に 電気系のトラブルが発生、大橋兄のギターの音が出なくなってしまいました。 大橋兄の緊急事態のサインを受けて、僕が急遽代わりのパートを弾き始めました。 途中までは何とかなりましたが、数小節先に難しいフレーズがあり、このまま弾き続けては 大惨事になる、と焦っていると、大橋弟がそれを素早く察してアドリブで引き継いでくれ、 急場をしのぐことができました。ということで少々冷や汗混じりの初日でしたが、 今日の演奏で何とヴァルガスとの共演ステージがちょうど200回目ということが 判明、これは乾杯しなければということで繰り出しました。これまでも長崎では 美味しい肴を堪能してきましたが、今日の白眉は地物の「天然車エビ」。 水槽から手づかみで捕まえようとしてもピチピチはね回って捕まらないほど活きのよい 大きな車エビをお刺身と頭の塩焼きでいただきます。甘くぷりぷりで最高でした。

GSNトリオ旅報告〜2007年10月21日(日)

長崎公演〜移動日・横浜〜諫早

 昨日のS村くん夫妻のウェディングパーティーは二人の人柄どおりの人間味溢れた素敵なパーティーでした。集まった 約100名の顔ぶれの中にはジャズ関係者や野毛周辺の濃〜い方々なども多く、異様に盛り上がっていました。 会場で、来月出演予定のライブハウス「DOLPHY」のマスター恒さんを見つけ立ち話。先月放映された松本幸四郎主演の テレビドラマのロケにDOLPHYが使われ、恒さんも登場した時の話などいろいろ面白い話を聞かせてもらいました。そう言えば お陰様で、来月のドルフィーライブは完売御礼となりました。買いそびれた方、申し訳ありませんでした。
 そして今日は午前中、新しく発足したアンサンブル自主グループの初練習のレッスンをしてから羽田へ。明日は雲仙市の中学校から公演がスタート、初日のリハーサルがあるため7時過ぎには諫早のホテルを出ます。

GSNトリオ旅報告〜2007年10月20日(土)

明日から長崎公演

 昨秋の長崎島巡りツアーは、大揺れのジェットホイールに始まって、 前代未聞のフェリー一隻チャーター、綱渡り的な船の移動による1日に2つの島でコンサートなど、これまでのGSNトリオの旅の中でも ハードながらもエピソードの多い旅でした。あれから早1年、明日から2週間にわたり、今年度の長崎公演の旅が始まります。 今回も主に県内の中学生を対象にした公演で、毎日移動しながら2週間で19回のコンサートを行うというハードスケジュールですが、 ほとんどが島原半島内での公演なので昨年に比べれば移動は楽かもしれません。
 移動日前日の今日は、午前中にワークショップの講師の後、午後はレッスンを少々。夕方からは古参生徒S村くんの ウェディングパーティーに出席、ソロとS村くんの歌の伴奏の演奏もする予定です。そうそう、帰ってきたら旅の支度をしなくてはいけません。

<La Guitarra 編集後記> 2007年9月号

練習はちゃんとイスでね!

◆今月はイスの話。皆さん、ちゃんと「イス」に座ってギター弾いてますか?「オレはフォークギターだから家でも立って練習してるの」という人は、ちょっと不思議さんですがまあこの際さておくとして、クラシックギターの場合は、必ずイスに座って練習してください。 そりゃー、イスに座るでしょ、座らなきゃ、どうやって弾くの?って思った方は当たり前のことをあたりまえにやっている人。ですが、話を聞いてみると結構いるんです、練習用のイスを持っていない人が。「ソファーが定位置かな」「食事の支度の合間に食卓のイスで練習する」、このあたりはまだいい方です。「低いが我慢してベッドに腰掛けて弾く」「うちはイスがないから床にあぐらをかいて弾く」「冬はなんといってもコタツで練習でしょ」、これはまずいです。考えてみれば、ギターを弾くのは、かなり精密な作業です。あんな狭いフレットと弦の間を素早く移動、何ミリという世界で複雑な押さえをしているわけですからギターを構える角度がわずかに変わっただけでもミスをするのは当然です。ちゃんとイスで練習していない人は、レッスンの時に「家では上手く弾けるんだけど・・」とぼやくことが多いのでピンと来ます。要するに、練習もレッスンもさらには本番で人前で演奏するときも、全く同じフォームで弾かなくては駄目ですよ、ということですね。「じゃーオレはレッスンもあぐらでやるわ」という人はまあ好きにしてください。おさらい会のステージもコタツで演奏・・これは笑えます。冗談はさておき、イスを用意するだけで相当上達曲線が上昇しますので思い当たる方はすぐに買いましょう。ちなみに、日本のイスは42cm〜46cmくらいが標準で、コンサートホールのピアノイスも最低がこのくらいです。980円の丸イスもだいたいこのサイズですので、これで充分です。こんな事を書いてますが実は白状すると僕もイスを買ったのはコンクールを受けるようになってからです。 まあ経験者は語る、ということで。(ほりい)

<La Guitarra 編集後記> 2007年7月号

うれしいYGS勢快進撃!

  ◆先日行われた第36回神奈川新人ギタリストオーディションにおいて、横浜ギタースクールから出場した安部数子さんが 見事入賞いたしました。安部さんは、中学生の時の部活動でギターを始め、社会人になってからは地域の合奏団でギターを続け、 その後9年前に横浜ギタースクールに入門しました。当時はまだ独奏の経験も浅く、僕の記憶では、初めてのおさらい会では、 中等科の小品をやっとのことで弾いていたように思います。そして3年前から新人オーディションに挑戦、今年3度目にして 初めての本戦出場で入賞を手にしました。これで、昨年の比嘉隆則さんに続いて、横浜ギタースクールから2年連続の神奈川新人ギタリスト オーディション入賞、ということになります。毎年40人、50人という挑戦者が集まってくる中で入賞枠は3〜4名ですので これはすごいことですね。また、予選を勝ち残って本選に出場できるのも例年7〜8名という狭き門で、この方々は入選ということに なります。今年この入選にも昨年に続いて中里一雄さんが選ばれました。中里さんは昨年初出場で入選でしたので、 今年は入賞を狙いたいところでしたが、僅差で入賞枠に入れませんでした。しかし今年は次席入選に入り 、来年は予選免除で本選に出場できるという、いわばシード権を獲得、来年の入賞が近づきました。 先月号の月報でも渡辺史明さんのシニアギターコンクール入選をお伝えしましたが、さらに、 来月19日に三鷹市芸術文化センターで行われるアマチュアギターコンクールには、比嘉隆則さんと 中里一雄さんが一次予選を通過して二次予選に進出、10月のスペインギターコンクールでも山本洋史さんが 二次予選進出を決めています。ということで、ここのところYGS勢の快進撃はうれしい限り、やはりこれは私の指導の 賜で・・・、いやいやそんなことは思っていません。やはり、「天は自ら助くる者を助く」ですから 僕がお手伝いできるのは微々たる部分です。でも一つ加えるならば、最近は「B会(スクール勉強会)」をはじめとした スクールのイベントを通じて、生徒の皆さんのコミュニケーションが活発になり、良い刺激になっているということ は確かではないでしょうか。これからも良いニュースが続くことを願っています。皆さんも応援よろしくお願いします。

GSNトリオ旅報告〜2007年5月24日(木)

佐賀公演最終日〜鳥栖市→福岡→東京

  昨晩はホテルの1階にある居酒屋でKさんの送別会を行うことになり全員集合。ここの居酒屋さんは佐賀公演の度にお世話になっているので、お店のおばちゃんたちともすっかり顔馴染みです。Kさんはさらに古くからのおつきあい、ということで女将さんから焼酎のプレゼントを頂きました。この焼酎「菱娘」は、「菱」という佐賀特産の水草を原料にした菱焼酎だそうで、幻の焼酎といわれることもあるそうです。僕も「紫蘇焼酎」「ジャガイモ焼酎」「ごま焼酎」「コーヒー焼酎」などは知っていましたが、この「菱」というのは全く聞いたこともありませんでした。お味の方はというと、至ってノーマル、ほとんど癖はなく、「菱」独特というほのかな香りがありますが、嫌みがなく飲みやすい焼酎でした。一夜明けて、最終日は午後の1公演だけということで午前中はのんびり散歩。鳥栖市内の中学校での公演を終え、今回の佐賀公演の日程を全て無事終了致しました。今回の佐賀は連日快晴、汗ばむ気温の日が多かったものの、湿度も低く快適に過ごすことができました。GSNトリオ、いったん横浜に帰りますが、来週末はまたまたイベントの仕事で山形に出かけます。

GSNトリオ旅報告〜2007年5月23日(水)

佐賀公演〜小城市→佐賀市→鳥栖市

   今回は4日間、7公演のスケジュールなので早くも終盤です。午前は小城羊羹で有名な小城市の小学校での演奏。昨日の中学生のさわやかな皆さんから一転、チビッコ中心、ワイワイ元気一杯のコンサート。特にアニメメドレーでは大きな声で歌ってくれ、おおいに喜んでもらえたようでした。午後は、佐賀市に戻って、盲学校での公演。こちらの盲学校の生徒の皆さんは、小学生、中学生から、上は職業訓練に通う50代の方々まで幅広い年齢層です。 またまたガラッと変わって、落ち着いてじっくり聴いてもらうような雰囲気でしたが、生徒の皆さんの表情が明るく和やかで、楽しんでいただけた様子でした。ということで今回の佐賀も明日の1公演を残すだけとなったわけですが、実は佐賀、長崎公演を中心に13年間もお世話になってきたマネージャーのKさんが、定年で僕たちに同行するのは今回が最後になってしまいます。今日はこれから鳥栖の街で送別会をしようということになりました。

GSNトリオ旅報告〜2007年5月22日(火)

佐賀公演〜多久市→江北町→佐賀市

  佐賀公演2日目の今日は、多久市と江北町で中学校公演。どちらの学校の生徒の皆さんもフレンドリーでさわやか、気持ちのよいコンサートでした。さわやかで気持ちの良い、といえば滞在中の佐賀の気候も同様で、毎日スカッとした青空が広がっています。GSNトリオの佐賀公演は13年間!も続いているのですが、例年9月の残暑厳しい時期の日程で、猛暑と湿度にぐったり、さらに台風などがかち合ってしまった時には大さわぎになります。そんな佐賀の印象に比べると、今回は最高のコンディションです。話は変わりますが、昨秋の長崎島巡りツアーの旅報告の中でヴァルガスが格闘技プライドでデビュー、のニュースをお伝えしましたが、結果をきいてみました。試合は昨年の12月にラスヴェガスで行われたそうで、ヴァルガスは2試合を戦ったそうです。そのうち身長2メートルの巨漢ニュージーランドの選手相手に勝利、もう一試合は同国ブラジル人の有名選手を相手に引き分けの大健闘だったそうです。すでに今年の年末にもラスヴェガスで試合が決まっているそうで、まさに戦うミュージシャンですね。(写真:居酒屋の座敷で無謀にもヴァルガスに戦いを挑む大橋兄)

GSNトリオ旅報告〜2007年5月21日(月)

佐賀公演初日〜唐津市→七山→多久市

  佐賀公演初日の今日は唐津のホテルを7時に出発、イカで有名な呼子方面に向かい、肥前の小学校で午前の演奏。 演奏中は緊張気味の様子で静かに聴いていた子どもたちも、終演後は元気いっぱい、機材車の周りを囲んでワイワイ。タクシーが出発すると手を振って校庭の端まで見送ってくれました。午後の公演地、七山までは1時間の移動となり、急いでセッティング、昼食を済ませ2時本番。GSNトリオの学校公演プログラムは、毎年固定の定番曲を中心にして、その間に流行の曲などを随時入れ替えています。定番曲は「ボレロ」「カリオカの夜」「火祭りの踊り」「サンバ・デ・マルコ」などおなじみのレパートリー、そして今年の新曲にはこぶくろの「蕾」を選びました。午後は小中学校合同のコンサートでしたが終始和やかに進行、アンコールの「ロビンソン」はノリノリでした。無事初日を終え、多久市に移動、初日終了の乾杯をしていると、「伝説の押しかけライブ」をはじめ、佐賀でディープなお付き合いをさせてもらっている武雄「レリビー」のマスターから「テレビで見たよー」というメールが入りました。僕たちは知らなかったのですが、どうやら朝のコンサートの模様が地元局で放送されていたようです。

GSNトリオ旅報告〜2007年5月20日(日)

佐賀公演(移動日)〜羽田→福岡→唐津

半年ぶりのGSNトリオ旅報告は、九州佐賀から。公演は明日からなので、今日は移動日です。3時半発の福岡便なのですが、その前に今日は僕が講師を務めさせてもらう関内ホール主催「70年代フォークをもう一度」ワークショップの初日オリエンテーションという大事な仕事が入っていました。おかげさまで、定員をかなり上回る40名近い参加者が決まり、終了コンサートではステージからはみだしそう、などとうれしい悲鳴があがっています。これから3ヶ月の短い期間ですが、受講生の皆さんにギターの楽しさが伝えられればうれしいです。ということでワークショップ初日のオリエンテーションを終え、大急ぎで羽田に向かいメンバーと合流、パーカッションのヴァルガスとは昨年の長崎島巡りツアー以来ですから半年ぶりです。なんだかんだで結局ヨロシクね!ということで生ビールで乾杯。快晴の割にヤケに揺れる飛行機、タクシーを乗り継いで夕暮れの唐津に着きました。

<La Guitarra 編集後記> 2007年4月号

「70年代フォークをもう一度」

 ◆僕が講師を務める関内ホール主催「70年代フォークをもう一度」ギターワークショップが来月からスタートします。今は開講準備のため、楽譜やテキストを作っているのですが、改めて当時の名曲を聴いていると懐かしさと共にいろいろな感慨が湧いてきます。皆さんの70年代はどんな時代だったでしょうか?スクールの生徒の何割かの方は、まだ生まれてもいないでしょう。また、団塊の世代といわれる世代の方々は当時20代、何事にもパワーみなぎり、周りに音楽もあふれていたのではないでしょうか。 僕の世代は、団塊の世代よりひと回りほど若いので、ビートルズの来日公演に行けず、物心ついてから悔しい思いをした世代です。しかしながら、少し前のこの欄でも書いたとおり、僕は小学生でギターを習い始めたときには、ギターと言えばフォークギターかエレキギターしか眼中になかったくらいですから、その頃はすでにロックやフォークに相当ハマっていました。実際、中学時代はバンド三昧の毎日で、ライブハウスに足繁く通い、大物ロックバンドの来日公演もずいぶん聴きました。そしてちょうどこの頃が70年代フォークの時代ですから、僕もリアルタイムで体験していたわけです。後にビッグネームになった方々の初期の頃のライブもいくつか記憶に残っています。小さなホールで大勢の無名の出演者に混ざって「かぐや姫」や「アリス」(谷村新司がいた)が出演していたり、誰だか(忘れてしまった)のコンサートに行ったら、荒井由美(松任谷由実)が前座で 出てきたり、なんていうこともありました。と、こんなことを思い出していると、つい「昔はいい曲がいっぱいあったなー」「最近の若いもんが聴いている曲は、みんな同じに聞こえてねー」などとオジさん発言が出てきそうになるのですが、さて、本当に昔の楽曲の方が優れていたのでしょうか?昔の歌のメロディーが流れてくると「そう言えばあの頃は・・」などとなって、いわゆる「歌は世につれ」方式でいろいろな感慨が加わって素敵な曲に思えてしまうのでしょうか。でも、最近のCMやドラマでけっこう昔の曲が使われているし、それを聴いた10代、20代の人たちの間で再ヒットする、というパターンも多いし・・。まあ本当は、どっちが優れているか、なんてどうでもいいですね。70年代のシンプルで心に残るフォークの名曲に興味のある方、ぜひギターワークショップで楽しんで下さい。5月8日まで受け付けています。

<La Guitarra 編集後記> 2007年1月号

おさらい会アンケート

 ◆一昨年のおさらい会から、出演者の皆さんに事前にアンケートをお願いして、演奏の前に紹介する というスタイルにしています。当初は、インタビュー形式より時間短縮になるだろう、というつもり だったのですが、実際にアンケートを書いてもらってみると、これが意外におもしろいのです。やはり ステージ上のインタビューでは緊張で思ったことが上手く伝えられないことも有ると思いますが、 その点、文章ならじっくり考えられます。読んでみると普段のレッスンでは見られなかった意外なキャラが 表れていたりして、結構楽しませてもらいましたので、ここにいくつか紹介したいと思います。 まず、「ギター歴」の欄ですが、何と言っても最高はOさんの60年。当日ステージで紹介したときにも客席がざわめきました が、30年、40年という方は5〜6名、20年前後はかなりの数です。ちなみに僕は35年です。また、最短は「ルーキーズ2006」 のメンバーのお二人で2ヶ月半でした。次に「日頃の練習時間」。毎日30分〜1時間という方が多いようですが、 仕事のある平日はギターに触ることもできず、週末に1〜2時間という方も結構いるようです。あと「一週間で合計15分、 ごめんなさい」というアンケートもありましたが、僕に謝られても・・。「今年のステージの目標」の欄では、「とにかく 最後まで弾ければ・・」「途中で止まらないように」という控えめな方から、「きれいな音で弾くこと」 「曲の雰囲気を伝えたい」「バロックの様式感を出す」という目標絞りタイプ、中には「ノーミスで弾く」 「楽しんで弾く余裕を持つ」「完璧な演奏を目指す」という方も。「ギターをやっていて良かったと思う時」に ついては、「好きな曲が弾けるようになって達成感を得られたとき」「たまに思い通りの音色が出せたとき」や 「アンサンブルでぴったり合ったとき」といった音楽面での他、「履歴書の趣味の欄が書ける」「爪でセロテープ を剥がせる」、はたまた「全くない」という悲しい人も。最後の「ギターに関して将来の夢は」の項目では、 「アルハンブラの想い出」や「羽衣伝説」など具体的な目標曲をあげたり、「コンクール入賞」「ストリートミュージシャンになる」 のほか「練習を家族に嫌がられないようになる」といった悲痛な声も。でも何と言っても一番多かったのは 「一生の趣味として細く長く続けていきたい」。そうですね、やはりギターは老若男女それぞれの楽しみ方が出来るというのが魅力です。そしてこれを一言で表してくれていたのが「ず〜と友達」、これはまさにギターにぴったりなコピーですね。