<La Guitarra 編集後記> 2006年12月号
命拾い
◆交通事故のニュースをみていて、「本当に運が悪かったとしか思えない」ということがよくあります。たとえば、ものすごく慎重で安全運転の人が、対向車線から突っ込んできた居眠り運転の車と正面衝突とか、すぐ前を走っているトラックから重い荷物が落下してきた、とかといった事故です。あと10秒早く家を出ていればこんな目に遭わなかったのに・・、まさにこんな声が聞こえそうです。僕は日頃、車を使う仕事は少ないのですが、先月はたまたま車で出かける仕事が立て続けに2本あり、後から思い出すだけでゾーとする出来事がありました。まず1回目の仕事の日、舞台スタッフの仕事を終え、打ち上げの前に車を置くため自宅にいったん帰るつもりだったのですが、たまたま音響機材の忘れ物があり予定変更、別の場所に2台の車で行かなくてはならなくなりました。目的地に着いてから、僕の車の後ろから付いてきた車に乗っていたメンバー曰く、「堀井さんの車のブレーキランプ、一回も点かなかったよ」。数ヶ月前に車検を通したばかりだった僕はてっきり冗談だと思い、「またまた、冗談を・・」といってとりあえず帰宅してしまいました。とはいえ、やはり気になっていたので自宅前で点検してみたところ、やはり普通に点灯しました。「やっぱり冗談だったのか」ということで済ませたその数日後、次の舞台スタッフの仕事でまた車で出かけることになりました。今度は東京まで高速道路で行きます。高速に入る直前にふと数日前の事を思い出しました。何か不安というか嫌な予感がしていると、ちょうど目の前にガソリンスタンドが見えてきました。念のためと思いブレーキランプを点検してもらうと、「お客さん、ブレーキランプ点きませんよ」すぐに修理を頼んだのですが、工場に持って行かないと直らないといわれてしまいました。もしそのまま高速に入って東京まで向かっていたらまさに自殺行為です。今思い出しても幸運が重なって助かったようなもので、冷や汗が出ます。東京の仕事の前にたまたま車を使う仕事が入っており、たまたま忘れ物があって2台の車で取りに行き、たまたま僕が前を走っていて後ろの車が故障に気が付いた、という偶然が重なったこと。さらに当日もたまたまガソリンスタンドの手前でふと思い出したこと。この偶然のうちどれかが抜けていても大事故につながっていたかもしれません。「本当に運が良かった」としか言いようがありません。いやいや命拾いしました。
<La Guitarra 編集後記> 2006年11月号
ヴァルガスの仰天発言
◆大荒れの天候の中、木の葉のように波に揺られる高速船に乗り、ホウホウの体で五島列島は小値賀島に到着、という文字通り波乱の幕開けとなった今回のGSNトリオ&P.ヴァルガスの長崎ツアーでしたが、その後は天候、健康の両面とも快調、無事2週間、17回に及ぶ公演を終えることができました。今回は、このツアー中にヴァルガスから飛び出した仰天発言の話です。パウロ・ヴァルガスは、6年ほど前からGSNトリオと活動を共にしているブラジル人パーカッショニスト、ドラマーなのですが、日本ではドリカムや宇多田ヒカルのツアーに参加したり、あのスティービーワンダーのビデオクリップにも登場するなど、国際的に活躍中のミュージシャンです。そんなヴァルガスがツアー中にポロリと、「今度僕ね、ラスベガスでやる<プライド>の試合に出るんだ」などと言い出したのです。メンバー揃って「エ〜!!!ホント〜!!!」。実は以前からヴァルガスが格闘技をやっており、並々ならぬレベルらしい事は知っていました。もちろん筋肉隆々の体も尋常ではないのですが、ときおり彼が話す「昨日は○○と一緒に(格闘技の)練習をした」という○○が、格闘技の世界では超有名選手らしいのです。「らしいのです」というのは、僕があまりに格闘技音痴なので知らないだけで、周りの人たちは「へー、あの○○と!」などと口を揃えているわけです。恥ずかしながら僕は、<プライド>という格闘技そのものをつい最近まで知らなかったくらいのレベルなので、それがどんなに凄いことなのか全くわかりませんでした。それでも、ミュージシャンの彼が、ラスヴェガスの「ステージ」ではなく「リング」に登場する、というのには仰天すると同時に尊敬の念を覚えます。詳しいことはわかりませんが、試合は12月に行われ、相手は身長2mを超す大男(ヴァルガスは僕とそれほど変わらないくらいでしょうか)だそうです。本人は「相手は大きいけど、絶対勝つよ!勝ったら賞金でスシ食べにいこうね」などと言っています。日本ではヴァルガスの試合を観ることはできないかもしれませんが、応援しています。ヴァルちゃん、頑張ってね。スシ楽しみにしてるよ!
<La Guitarra 編集後記> 2006年10月号
練習は「お百度参り方式」で
「練習中の曲は一週間に100回弾くのを目標にしなさい」先日の伊豆合宿のレッスンでの宇賀神先生のアドバイスに、「やはりその位弾かなければ人前での演奏はうまくいかないのか・・」と激しく反省及び納得した、という方も多かったようです。ということで今回は、おさらい会が近づき、悪戦苦闘、という皆さんのために、この時期恒例のワンポイントアドバイスを。今回は「弾けるようになった」という見極めポイントについてです。これが甘いと、本番で「こんなはずじゃぁなかったのに〜」ということになってしまいます。そもそも、自宅での練習中に、たまたまうまくいった時の演奏を自分の実力と思ってしまうところが間違いの始まりです。一日の練習の最後に「これが本番」と決めて一発勝負で弾く、という事を一週間続け、その平均の出来映えが現段階での実力、と思ったらいいと思います。もちろんその際は、途中で止まってしまっても投げ出してはいけません。今はスポットライトに照らされたステージの上、と思って最後まで弾いてください。もし3日に一度しか上手く弾けなかったら、本番ではまずコケると思った方がいいわけです。それから僕が実践している見極めの目安をもう一つ。通常のテンポの他に3段階のテンポでしっかり弾けたらOKというものです。その3段階とは、「2割遅め」、「2割速め」、そして「3倍遅く」です。これはあくまで体感スピードですが、3倍遅くというのは本当にイヤになるくらいゆっくり弾いた方が効果があります。遅く弾くのは、指の流れ、勢いで弾いてしまっている部分を確認、修正して、さらに暗譜の曖昧な部分をなくすため。さらに、スラーの不発や和音の音抜けなどの発見にもつながります。また、速く弾くのは、本番で図らずもテンポが上がってしまった際にパニックにならないための対策です。イヤー面倒くさい、そこまでしなくても・・、という声が聞こえてきそうですが、演奏は一発勝負、確率です。「いつもはもっと上手いんです!」とステージ上で叫んだところで空しいだけです。ということで、今からならまだ大丈夫、スピード練習を含めて一週間に100回、本番までに1000回、弾きましょう!ついでに、何回弾いたかカウントするのにいいアイデアを思いつきました。お百度参り方式(若い人は知らないか)で、一回弾く度に10円玉を缶に入れるのです。すると、本番の頃には、なんと¥10,000!そして見事、満願成就、会心の演奏が出来た暁には、その¥10,000で祝杯というわけです。祝杯の際はぜひ僕も誘ってくださいね。もちろんあなたの奢りで・・。
<La Guitarra 編集後記> 2006年9月号
「プラテーロとわたし」
「プラテーロは 小さくて、ふんわりとした綿毛のロバ。あまりふんわりしているので、そのからだは、まるで綿ばかりでできていて 骨なんかないみたいだ。・・・放しておけばすぐに牧場へ出てゆき、ばら色やそら色やこがね色の小さな花々を鼻づらで撫でている。プラテーロ?とやさしく呼びかけてやろうものなら軽やかな早駈けで私の方へ走ってくる。」スペインのノーベル賞受賞詩人、R・ヒメネスの散文詩「プラテーロと私」の冒頭部分です。20代の若き日の作者とロバのプラテーロの交流が、1900年前後のアンダルシアの小さな町の風光と人々とともに優しく描かれた名作です。当時のヒメネスは生家の没落、婚約者の病死など不幸が重なって、精神の病に苦しんで何度も死を考える青年だったそうですが、このときに出会った、プラテーロ(善良さと素朴さの象徴である)との日々の中で徐々に心の均衡を取り戻していきました。この作品「プラテーロとわたし」(全138編)の中からクラシックギターの世界ではおなじみの作曲家、M.C.テデスコが、28編をえらんで曲を作り、朗読とギターのための作品になっています。僕も以前からぜひ弾いてみたい作品の一つだったのですが、やっと来年の1月に女優の伊藤ひろこさん(劇団民芸)の朗読で演奏する機会を得ることが出来ました。この夏から少しづつ譜読みを始めたのですが、他のテデスコの作品同様にテクニック的にも難しく、運指として演奏不可能な部分があったり、と難曲が集まっています。しかし、練習しているだけで当時のアンダルシアの空気が感じられるような、素敵な詩と曲なので難曲でも苦にならず楽しく練習できます。 なにより題材が、無垢な動物との交流ということで、家にペットがいる方でしたら、読んでいるうちに主人公とロバを、自宅のワンちゃんやニャンコちゃんに置き換えて気持ちが入り込んでしまうのではと思います。我が家の場合は、たまたま道で拾ってから10年飼っている「かめぞう」がいます。いくらなんでも、ロバと亀とを重ね合わせるかね!とお思いの方もいるでしょうが、そんなことはありません。この原稿を書いている間も僕の足を鼻づらで撫でているし、プラテーロと同様、僕が寝ているといつの間にか横に来ていて、朝までお腹の下で一緒に寝ています。というわけで、ついノーベル賞作家の詩の話から、我が家の亀自慢に脱線しそうになってしまいましたが、皆さんもぜひ、「プラテーロとわたし」読んでみてください。そして、コンサートは来年1月28日(日)、チケット発売は10月20日ですのでどうぞよろしくお願いします。
<La Guitarra 編集後記> 2006年8月号
ポジションマーク
演奏中、フレットの位置がわかりやすいように、ギターの指板表 面や指板横に付ける印を「ポジションマーク」といいます。フォー クギターやエレキギターなどポピュラー系のギターには、指板表面 に天然の貝殻やプラスチックで作られたマークがもともと付けられ ています。5〜6mmくらいの丸いものが多いですが、中には貝殻や大 理石を加工した装飾性の高いもの(インレイともいいます)もあり ます。そして、ポピュラー系ギターの場合、付けられているフレッ トは、3、5、7、9、12(以下オクターブ上も同じ)となっています。 これに対して、クラシックギターの場合は、正式にはポジション マークは全く無しです。(練習用ギターには付いているものがまれ にあるが、この場合は9フレットの代わりに10フレット、とややこし い)しかし、初心者で無くても12フレットもの間隔をカンを頼りに 押さえるのは心許ないです。よく「プロのギタリストはポジション マークなど付けない、ポジションマークなど付けるのは素人みたい でかっこ悪い」などと言う人がいますが、僕の周囲のプロギタリス トは、1〜2カ所にマークを付けている方が多いです。僕も個人的に は、「何処に何個マークを付けようが自由、弾き易ければいいんじ ゃない」派です。とはいっても、じゃあ何処に何個付けるのが一番 良いのか教えてほしい、という人もいると思います。たしかに、自 分のギターだけを弾くのなら良いのですが、人のギターを弾く場合 や教室のギターを弾く場合、違ったポジションにマークが付いてい るだけで、結構弾けなくなってしまうものです。現に、レッスンで 上手く弾けなかった時の言い訳第1位は「家では完璧だったのに〜、 どうも変だと思ったら、教室のギターのポジションマークの位置が 自分のと違う!」です。それなら、ということでその方に合わせて シールなどで修正してあげると、今度は次の生徒が、「自分のと違 って弾けない」と言います。まったくもう、じゃあ誰に合わせれば いいの!となってしまいます。というわけで、この機会に横浜ギ タースクールのクラシックギターを全部統一してしまうことにしま す。名付けて「ポジションマーク御触書」。その1:横浜ギタース クールのレッスン用ギターはポジションマークを5フレットと7フレ ットの2カ所だけに付けることとする。その2:ポジションマークの 位置は、フレットとフレットの真ん中とする。(金属棒の真上は素 人っぽいので禁止する)その3:マークは修正液で付ける事を推奨す るが、キティーちゃんのシールなどでも可。但しシールの場合、汗 などで粘着が弱まり、ずれてしまい思わぬ惨事を巻き起こすことが あるので注意する。その4:マイギターについてはこの限りではない が、レッスンで上手く弾けなくてもポジションマークのせいにして はいけない。 その5:ちなみに私は7フレットだけ派であったが、最近老眼のため5 フレットにも追加した。(ほりい)
<La Guitarra 編集後記> 2006年7月号
横浜ギタースクールの中年の星、大健闘!
7 月2 日(日)に
行われた第35 回神奈川新人ギタリストオーディションに於いて、横
浜ギタースクールから出場した比嘉隆則さん(写真左)が見事入賞、
中里一雄さん(写真右)が入選を果たしました。当日は午前中から2
名の棄権者を除く45 名の参加者により予選が行われ、2 分ほどの
課題曲「アンダンティーノ(F.ソル)」と3 分以内の自由曲を次々
に演奏していきました。横浜ギタースクールからは9 名が参加し、
誰が本選に進んでも良いくらいの実力を持っているのですが、立ち
上がりの緊張からか、課題曲で目立つミスをしてしまった方が多か
ったのは残念でした。結果、終始安定感を失わず、しっかりしたタ
ッチで音を響かせていた比嘉さん、中里さんの2 名が高得点を得て
予選を通過しました。夕方から、予選を勝ち残った7 名に、昨年の
次席で予選免除の1 名を加えた8 名で本選が行われました。本選の
顔ぶれを見ると、YGS 組2 人以外は、10 代、20 代に見える若者で、
最年少は何と小学校低学年の男の子です。その中で、今年から40 代
の仲間入りという比嘉さん、50 代半ばで立派な白髪の中里さん、で
すから完全に若者の集まりにオジサン2 人といった構図です。会場
のお客さんから「オジサンが2 人混ざってるけど、大丈夫かな」と
いう声が聞こえてきそうです。抽選の結果本選の演奏順は比嘉さん
が8 人中7 番、中里さんが8 番ということで横浜ギタースクール組
がラスト2 人になりました。いよいよ本選開始、僕は審査員の末席
に加えさせてもらっていますが、自分の生徒は審査の対象外で点数
を付けない、という規定があります。前半の4 名はそれぞれ鮮やか
なテクニックを披露、さすが本選というレベルです。特に3 番目に
演奏した小学生、斉藤優貴くんの堂々とした見事な演奏には会場が
大いに沸きました。そして後半のトップは林祥太郎さん、スピード
感と表現力豊かな若々しい大序曲を快演、結果的には彼が主席合格
となりました。次の出場者は難曲、メルツの「エレジー」を好演。
そしていよいよYGS 組の登場です。審査席に座っていても全身に力
が入り、緊張で手の平がじっとりしてきます。「自分がステージで
弾く方がどんなに楽か」生徒がコンクールに出るときにはいつもこ
う思います。しかしこちらの心配をよそに、ステージでは比嘉さん、
中里さん、共に非常に落ち着いた様子で普段通りの力を出し切り会
場から大きな拍手をいただきました。何より二人の演奏からは、若
者とはひと味違った「ギターらしい音色の魅力」が醸され、クラシ
ックギターに対する思いと苦節○十年の重みが伝わってきました。
凄いスピードで指を回し、現代風の作品を爽快に弾ききる若さの演
奏が多い昨今、お二人にはギターの音色を慈しみ、余韻の魅力に浸
れるような大人の演奏を今後も追求してもらえるよう期待していま
す。
<La Guitarra 編集後記> 2006年6月号
奇跡の居酒屋
年季の入った引き
戸をガラガラっと開けた瞬間、なんとも言えない懐かしい匂いと優
しい空気に包まれてしまう。昭和初期の横浜下町の民家そのままの
外観と店内。先代からお店を継いだ白髪のお婆様姉妹のお人柄が醸
す穏やかな空間。薬罐から見事な名人芸でぴったり注がれる熱燗は
コップ3杯まで。メニューはなく、絶品の「おから」から始まる肴は
一年中同じ4品、(しかもこれが本当に良心的なお値段で)・・・も
はや伝説の居酒屋として全国の酒飲みの間で語られる「M屋」さんで
す。先代のご主人がお店を開いたのが1921年、先代から後を次いだ
娘姉妹も、現在はお二人ともすでに80才を超えており、最近は週4日、
一日4時間の営業時間だそうです。数々のメディアで紹介されてきた
名店ですが、近年は場所や電話番号は公開しておらず、それとわか
る看板もなし、全く古い民家そのままの佇まいです。以前たまたま
読んだ酒の専門家の方の著書にも「この店をこよなく愛する、筋の
良い、年配の常連客たちもこの店の素晴らしい雰囲気に溶け込んで
いる」「新参者でも暖かい笑顔で迎えてもらえる店だが、グルメガ
イドを見て行くような客には行ってほしくない」というような一文
がありました。以前から一度行ってみたいと思っていた僕ですが、
これを読んで、自分が行くには30年早い、と諦めていました。とこ
ろがつい先日のレッスンでのこと、生徒のKさんとの何気ない会話の
中で、彼が「M屋」さんのご主人姉妹の甥っ子、という事が判り、
「えー、あのM屋さんの!」とびっくり。さらに驚いたことには、伯
母様姉妹は横浜ギタースクールのおさらい会に何度も来て下さって
いる、というのです。そして、「心配ないから是非行ってみて」とK
さん。はやる気持ちを抑えて、とりあえず3日間禁酒して身を清めた
のち、行って参りました。横浜某所のにぎやかな通りから路地を少
し入った角に、噂通りのたたずまいの一軒家がありました。緊張し
ながら引き戸を開けようとしたところこれが反対向き。店内から影
が見えているはずなので、これで新参者がバレバレと思うと顔がこ
わばります。狼狽えながらも店内に入ると、予想していたままの光
景が目に入りました。柱や壁、テーブル(というか高さ10cmほどの
「ちゃぶ台」)酒器、カウンターなど全ての調度に年月が自然に染
みこんでいます。そのカウンターでは、和服姿、いかにも明治の文
豪といった感じの年配の男性や、学者風の2人連れなどが静かに熱燗
を味わっています。壁に目をやると、所々にこの店に通い詰めた芸
術家や著名人の書画が掲げられており、お店の歴史を伝えています。
最初は緊張したものの、2杯目の熱燗を注いでもらい鱈豆腐に舌鼓
を打つ頃には、不思議な程くつろいで、何ともいえない居心地の良
さを感じていました。しかし、この空気は一体どう表現すればよい
のでしょう。小さい頃にいった下町のおばあちゃんのうち、田舎の
駅前にある小さな雑貨屋の店先、そんな記憶がモノクロ画面で思い
出されるような・・・。お酒、肴の美味しさ、などといった次元を
はるかに超えた、実に不思議な空間。お婆様姉妹、お客さん、建物、
調度など全ての要素が絡み合って、長い年月のあいだに醸し出した
奇跡的空間なのでしょう。どうか、お婆様姉妹がご健康で、奇跡の
居酒屋「M屋」さんが一日でも長く続きますように・・・。(ほり
い)
<La Guitarra 編集後記> 2006年5月号
白衣性高血圧になってしまった理由〜その1
新学期を迎え、会社や学校などで健康診断を受けた方も多いと 思います。ギタリストも体が資本ということで、僕も定期的に健康 診断をしているのですが、必ずと言っていいほど引っかかるのが 「血圧」。でもこれは自分でも十分に予測している症状で、病名は 「白衣性高血圧」といいます。何それ〜?という方もいるかもしれ ませんが、病院で計るときだけ血圧が上がってしまう、というおか しな症状で、自宅で計ると正常なのです。「若くて美人の看護師さ んに計ってもらったからじゃない」などという声も聞こえてきそう ですが、いやいや、これがお爺ちゃんの先生でも同じ結果なのです。 そういえば昔から自分でもおかしいくらい病院に行くと緊張してし まいます。それどころか、道を歩いていて、近くの病院から消毒液 のような臭いが漂ってきただけも身を固くしてしまいます。こんな 訳ですから健康診断などに行ったらもう緊張で手には汗びっしょり、 心臓ドキドキ(そういえば心拍数も異常に多いと言われます)、当 然血圧も上がるわけです。「でも、何でまたこんなに病院を怖がる のか?」には自分でよくわかっている理由があります。どうも僕は、 病院、検査、といったものと相性が良くないようで、何故か怖い目 に遭わされてしまうのです。しかも一度や二度ではありません。全 部ここに書いていると一年連載しなければならないほどなので、今 回は、「白衣性高血圧になった理由<その1>」です。それはまだ僕が 20代の頃、歯医者さんでの話です。相当有名な先生らしいと紹介さ れたのですが、先生は相当な高齢のようでした。何回目かの治療の 日、何となく先生の手が震え気味に見えたのですが、そんなこと言 えません。嫌な予感がしながらも大きく口を開けたところに、ドリ ルを持った先生の手が・・・。「キュイ〜ン、ガー、ガー」その直 後、なんと!先生の震える手が、ドリルを離してしまったのです。 口の中で暴れ回るドリル、パニックです。急いで顔を横方向に動か してドリルから逃れようとしました。ドリルが飛び出して、宙ぶら りんで空しく音を立てています。我に返ると血が垂れていました。 どうやらドリルが口から飛び出る際に上唇に跳ね当たったようでし た。引きつった顔の僕に、先生は平然と「口、切れたね。今、麻酔 して縫うからね。」まったく恐ろしい目に遭いましたが、この程度 ですんだのですから幸運だったのでしょう。あんなドリルが喉を突 き破ったら、と考えただけで・・・、血圧が上昇してきたみたいで す。(ほりい)
<La Guitarra 編集後記> 2006年3月号
話を聞かない男・・
数年前に「話を聞かない男、地図が読めない女」という本がベ ストセラーになったことがありました。思考や行動の男女別の特徴 は人間の進化の過程で脳に組み込まれてきたもので、「男脳」、 「女脳」として生まれる前から決まっている部分が大きい、という ような内容の本だったと思います。 要するに、世の男性が彼女の話を上の空で聞くのは彼の性格ではな くて脳の作りの問題なので勘弁してやってちょうだい、ということ なのです。僕も冷蔵庫を開けて、バターがおもいっきり目の前にあ るのに「バターが無い、無い、パンが食べられない」と大騒ぎして ひんしゅくを買うことが度々なのですが、どうやらこれも男脳の仕 業らしいとわかって開き直っています。ところで「バター」はさて おき「ギター」ですが、レッスンをしていてギターへの取り組み方 にも「男脳・女脳問題」があるのではないかと思うことがあります。 たとえば、新曲に取り組む際に、押弦するフレットの組み合わせを 図形化して譜面にぎっしり書き込む、というタイプの生徒は圧倒的 に男性が多いようです。男の人はギターの左の押弦を「形」で捉え る傾向が強いのに対して、女性は「流れ」で覚える傾向が強いよう です。女性が左指の押弦を「図形」で捉えるのが苦手らしい、とい うことは「コード」の暗記が苦手という生徒に女性が多いことでも わかります。逆に、押弦を形で捉えにくい絶えず音階が続くような 曲では、女性に得意な方が多いように思います。もう一つ、課題へ の取り組み方にも男女の違いを感じることがあります。たとえば、 「今週は、1弦から3弦までをゆっくり4回づつ弾く練習をしてきてく ださい」という課題があったとします。これに対して男性によくみ られるのが「ゆっくりと言われたが速く弾けりゃーそっちの方がい いんだろう、とメチャクチャなフォームで弾いてしまう」「4回と言 われたけど5回でも6回でも多いに超したことはないだろう、と拍子 も何もなし」というタイプ。対して女性に多いのは「簡単な課題だ ったのですぐに出来ちゃったけど3弦までといわれたから4弦は試さ なかった」のタイプです。男性は「課題の意味を考えて練習する」 のは良いのですが、いきすぎると「オレ流で勝手な弾き方になって しまう」。女性は、「言われた通りにきっちり練習する」のは良い のですが、「意味を考えて効率を上げようとしない」傾向があるよ うに感じます。ここまで読んで、これは自分のことを指しているに 違いない、などと被害妄想に陥っている方もいるかもしれませんが、 そんな個人的なレベルではなくて長年のレッスンで感じていること ですので怒らないでくださいね。
<La Guitarra 編集後記> 2006年2月号
投入堂の火の玉
昨秋のことです
が、鳥取公演の際に立ち寄
った国宝「三佛寺投入堂」で撮った私の写真に火の玉のようなもの
が写ってびっくり仰天、という話とその写真をブログで公開しまし
た。その後「見たよ見た、火の玉!」などとずいぶん色々なところ
で声をかけられました。僕自身はオカルト、超常現象的なものは無
縁でほとんど信じていないのですが、結構この手の話が好きな人っ
て多いんですね。しかも、案外「見かけによらない」人がオカルト
好きだったりします。冷静沈着、頭脳明晰、理路整然、科学万能、
といったイメージの人が、いきなり話に加わってくるや身近に起こ
った超常現象、心霊現象を熱く語りだし、あまりのギャップにおも
わず仰け反ってしまったり、またこの逆だったり・・・。いずれに
しても酒席でこういう話が出ると、信じる、信じない、の話はいつ
までたっても平行線、「科学的に証明できないから信じない」派と
「今のところ証明できないからって嘘とは言えない、ガリレオを見
なさい!」派に分かれます。僕の場合は前述の通りで写真に火の玉
が写っても「フラッシュの加減じゃないの?」と思う方なのですが、
ひとつだけ興味があるものに「気」があります。「気」は、「目に
見えないこと」と「胡散臭い」解釈が蔓延しすぎているために超常
現象的に思われているようですが、歳をとるにつれて「気」の存在
が気になってきました。「病は気から」を身をもって実感した経験
のある方は多いと思います。僕だったら40度の高熱でうなされてて
も宝くじで3億円当たったと言われたらあっという間に下がりそうで
す。それはさておき、やはり一番「気」について考えさせられるの
は「音楽」と「気」の関係です。演奏中の精神状態の変化は自分で
も不思議で、最初の緊張状態が徐々に消えていくにつれて音だけに
集中して、なにかボーとしているようで神経は冴えているといった
不思議な感覚になります。そしてそういうときには客席からのすご
い「気」のようなものを感じてさらに集中できるような感じがしま
す。コンサートでは、客席とステージとの間に「気」(のようなも
の)が伝わっているように感じるというのはよく言われることです
が、いったいどういう仕組みなのでしょうか。「気」の正体が解明
されたらおもしろいですね。
<La Guitarra 編集後記> 2006年1月号
「角刈りの犬を飼いたい」
あけましておめ
でとうございます。今年は戌年ということで、皆さんのところにも、
我が家の愛犬自慢といった感じの写真入り年賀状がたくさん届いた
ことと思います。友人知人宅のワンちゃんたちの写真を見ながら飼
い主の顔を思い浮かべて「ふむふむ、なるほど」などとブツブツ言
っていた方もいるのではないでしょうか。(あ、僕でした)実は僕
も「犬派」か「猫派」といわれたら迷わず「犬派」と答える方、と
いうかそもそも「猫はちょっと勘弁して派」です。人前でこのよう
なことを口走ると必ずその場にいる「超猫派」の人からえらい剣幕
で「何であんなに可愛い猫ちゃんが苦手なの?」とか、「猫の可愛
さがわからないとは大馬鹿者だ」とか「意味わかんなーい!」とか
攻撃を食らうのですが、そんなことを言われても困ります。理由を
強いてあげれば猫のあの「ぐにゃぐにゃ感」、高いところから飛び
降りても平気なぐにゃぐにゃした体がどうも気に入りません。と、
つい猫派の反感を買う展開になってしまいましたが、本題は犬の話
でした。そうです、そういうわけで「超犬派」の僕ですが、実はい
ままで犬を飼ったことがないのです。ペットショップの前を通った
りするとつい足を止めて、そこにいるワンちゃん全員に一通り「元
気かー?」と挨拶して(もちろん心の中でです。ホントに言って回
ったらアブないですから)、この中ではあいつが気に入ったけど何
て言う種類の犬だろう?などと調べたりします。ただマンション住
まいの我が家では飼える種類が限られるし、何より家を留守にでき
ないし・・、と考えて結局は「まあそのうちまた検討しよう」とな
ります。でも今年の年賀状を見ているうちに、ちょっと真剣に検討
してみようかという気になってきました。僕の好みは「ちゃらちゃ
らしてない犬」。顔が隠れる ような長い毛をくるくるさせて「○○
ちゃんはいい子ね〜」なんて言われてソファーの上でお行儀良く座
ってる、なんてのはだめです。もうこれぞ正当派、昔ながらの犬、
髪型は角刈り(そんな犬いるか、というでしょうがイメージですか
らね)、色は茶色、耳は三角、でも我が家のような狭いマンション
で飼える犬でなくっちゃだめです。「犬派」の皆さん、我が家にぴ
ったりのワンちゃんについて是非アドバイスをお願いします。(ほ
りい)

Yoshinori Horii