<La Guitarra 編集後記> 2005年12月号
爪剥がれ病の日々
「爪甲剥離症」という原因不明、治療法もよくわからない、という症状に数年前まで悩まされていました。当時は自分で勝手に「爪はがれ病」などと名付けていたのですが、ようするに爪と皮膚の接着が弱まって爪先の方から徐々にはがれてきてしまうのです。はじめ右手の中指の爪先が半円状にはがれてきたのを見つけたときには、「酔っぱらって爪の間に何かを差してしまったのか」と思ったのですが、そのうち半円が大きくなり、さらに人差し指の爪の症状を見つけたときにはまさに「なんだこりゃー!」。つぎに思い当たった原因はやはり「ギター」ですが、ギターで使わない小指も剥がれだしギター原因説は消滅。何もしなければ痛みはないのですが、ギターとなると話は別、剥がれかけた爪でアポヤンドなんて、まるで拷問じゃないですか!一進一退しながらも症状が続いたのが3〜4年間、もちろんその間あちこちの病院で見てもらいましたがどこもこれといった治療や薬はなし、ひどい先生になると「日常生活に支障ないでしょ、死にはしないからほっときなさい」です。こっちはギター弾くのが仕事なんだからおもいっきり生活かかってんの!、と訴えても聞く耳持たずといった風です。途方に暮れていてもすでに演奏の仕事は決まっています。テープで爪と指先を巻き付けて補強したり、付け爪をテープで指に巻き付けたりといった窮余の策に加えて大幅に運指を変えるといった状態で演奏をしていました。 演奏中にテープが緩んで付け爪が浮き上がってしまったり、爪をかばって思わず運指を変えてしまったり、とハラハラしながらのステージでしたが、それにもまして「果たしてこの爪は治るのだろうか」という不安が常に 付きまとっていました。結局はその後なんの治療もせずに徐々に回復し、今ではすっかり良くなっているのですが、当時の何とも言えないストレスは忘れられません。ギターを手にして感じるのは、手袋をしたまま弦を弾いているような違和感、それに付け爪の不自然な音色がイライラに追い打ちをかけます。それに比べれば、自分の爪で弾けるようになった今は極楽、ギターを弾くことの楽しさを再確認するような気がします。そんな「弾く楽しみ」をストレートに感じていただけそうな曲だけを集めたのが来月の「超名曲だけのコンサート」です。長い前フリの宣伝で恐縮ですがどうぞよろしくお願いします。
<La Guitarra 編集後記> 2005年8月号
スズメ救出作戦
つい先日のこと、スズメの子どもが野良猫に睨まれ危機一髪というところを救助、丸一日自宅で介護して元気になったところで親鳥に返してあげる、という体験をしました。救助したのは桜木町の大通りからほんのわずかに折れた車も多い危険な場所、翌日子どもを帰すべく親鳥を探しに行ったのもこの場所、大都会の真ん中です。スズメの子どもを見殺しに出来なかった、というだけで保護したのでそのときは、元気になったら適当な公園にでも放してやればいいなどと思っていました。ところが何と帰宅してネットで調べてみるとどうやらそんな簡単な話では無いようで、きちんと親鳥に返してあげないと結局は生きていけないらしい、ということが判明しました。しかし桜木町の大通りでこのスズメの親を探すことなど出来るのでしょうか?「我が家のタマ(4才オス)、探しています」みたいな張り紙なら電柱でよく見かけますが、こちらは「チュンスケ(仮)のお母ちゃん」ですから!考えようによっては三千里どころではないかもしれません。一昼夜にわたる献身の介護、生態調査、綿密な作戦会議の末、翌日の午後カゴに入れたスズメを車に乗せて、前日の救出現場へ向かいました。どこで親鳥を待つか?と思案していると、うまい具合にすぐ横にコインパーキングがあります。そこに車を止めて車の屋根にカゴをのせ、人間は見つからないように10mほど離れたところから見守ります。カゴの中ではチュンスケが大きな声でお母ちゃんを呼び続けています。10分、20分、たまに上空に飛行物体を発見してもよく見るとツバメばかり。通りを歩く人が不審そうに車の上のカゴを見ています。1時間が経ち、やっぱりこんな事してても親鳥が助けにくるわけないよなー、とあきらめかけた時、どこからか1羽のスズメが現れたのです。すぐ横の民家のベランダに止まり、カゴの様子をうかがうように声を掛けています。でもまだこの時点では親鳥という確信は得られません。母親のスズ子(仮)はその後ベランダから屋根などと小刻みに移動はするもののカゴのそばを離れようとしません。10分ほどでいよいよ親鳥と確信、そーとカゴに近づいていき、カゴの屋根を取り払いました。2〜3分後、ついにチュンスケは意を決したようにスズ子のいるベランダに向かい飛び立ちました。同時にスズ子もチュンスケを助けるように飛び立ち空中で交差、Uターン、同時にベランダに着地。やったぞ!スズメの母子。さらにどこで見守っていたのか父親、兄弟2羽(名前省略)まで飛んできて合流、家族5羽のスズメはいつまでも仲良く一緒に飛び交っていました。めでたしめでたし。(ほりい)
<La Guitarra 編集後記> 2005年2月号
カメのオススメ
自宅教室には次のレッスンの方の待合いスペースというものがないので、部屋の前の廊下にあるイスで待ってもらっているのですが、時どきレッスン中に廊下の方から「キャーッ」とか「うわー」といった叫び声が聞こえることがあります。私の方はすぐにピンと来るので笑いをこらえながら廊下に出ていくのですが、そこで待っている言葉はいつも同じ、「先生、大変です!こんな所にカメが逃げています。」中には私が廊下に出るのを待たず、宙を泳ぐようにレッスン中の部屋に入ってきて「カ、カッ、カメがいます!」などと叫ぶ人もいます。この欄で我が家の飼い亀「亀蔵」を紹介したのはかれこれ4年も前になるので、最近入会された方には全く予想も出来ないことでそれはびっくりすることと思います。しかもどうやら亀というのは人の足を自分の仲間だと思っているらしく、座っている人の足に音もなく近づいていき、親指(これが顔だと思うらしい)のあたりを自分の首でチョンチョン突くのです。誰もいないはずの廊下でボーとしている時に不意打ちを喰らい、あわてて下を見ると真っ黒な物体が動いているのですから大声をあげるのも無理はありません。だったらそんな人を驚かせるようなことをしないで何とかしなさい、と叱られそうですがなにしろ1年中家の中で放し飼い状態なのでいつどこにひょっこり顔を出すかわからないので困ってしまいます。2〜3日同じ場所で身じろぎひとつせずじっとしていることもよくあります。自分のことを人の足だと思っているからなのか分かりませんが、玄関の靴にまぎれてじっとしているのが好きで、ひょっとして海底のヒラメのように保護色になったつもりで安心しているのか、と思うと笑ってしまいます。このカメを飼うきっかけは8年前、海辺で悪ガキ達にいじめられているところではなく、道路の真ん中をうろうろ歩いて車に轢かれそうなところを助けたことだったのですが、カメにこれほど癒されるとは思ってもいませんでした。おもわず顔がほころぶ系で和まされること間違いなしです。とはいっても、中には苦手な方もいると思います。自宅教室の場合は前もって移動させますのでどうぞ遠慮なくお知らせ下さい。
<La Guitarra 編集後記> 2005年1月号
お化けになりたい
スポーツの中継などを見ていると「この選手は眠っていた才能が一気に開花しましたねー」などというコメントをよく耳にします。これはおそらく「何かのきっかけをつかんで、短期間で急に上達した」というような事だと思うのですが、私の周りのギター仲間ではこのようなとき「彼は今年、化けたねー」というような言い方をします。ギターを教えていていつも感じることなのですが、生徒が上達する度合いをグラフに表すとして、右上がりの直線のようになる(ようするに毎週必ず少しづつ上手くなる)ということはほとんどありません。ではどのようなグラフが多いかというと、右上がりの階段、しかもかなり水平部分が長くてたまに一段上るといったイメージです。もちろん練習しない人は下り階段、中には「俺は地下3階だ」なんていう人もいるかもしれません。こういう人はさておいて「化けた」人のケースですが、あるきっかけで水平部分から一気に高い一段に上った、ということになるでしょう。じゃあどうすれば、きっかけをつかんで化けられるんだ?と訊きたいところでしょうが、そんなことがわかっていればみんな達人になってしまいます。それどころか、長い水平状態から次の階段がいつ見えてくるのかさえ本人にもわからなければ先生にもわかりません。あまりに水平状態が長いと「このままいくらやってももう一段も上れないんじゃないだろうか」なんていう気にもなってきて投げ出してしまうかもしれません。が、まさにこのときもう一歩で次の階段だった、ということもあるかもしれません。実は先日のおさらい会の後でいろいろな方から感想を聞くことができたのですが、「今年は化けた人がたくさんいたねー」という声が多数ありました。毎年おさらい会の後には必ず「化けた」生徒が一人二人印象に残るのですが、昨年は特に目立った人が多かった、ということでしょうか。おそらく「化けた」本人は昨年、練習環境や選曲、ついでに先生のアドバイスもぴったりハマッた状態、というのを実感したのではないでしょうか。ということで今年度化けるのはあなたかもしれません。今年も一年「お化け」目標に頑張りましょう。

Yoshinori Horii