<La Guitarra 編集後記> 2003年12月号
オジサンは認めても・・
ここ一年くらいで急に爪磨きの際の目と爪の距離が気になりだしました。長年の習慣で爪先がくっきり見えるはずの距離ではピントが合わず、思わず首を後ろに反らせたり、手を遠ざけたり、ということをしているのです。まあ年齢的にも仕方がないのかもしれませんが、まさに「老眼」の初期症状です。今のところギターのフレットや譜面を見るのにそれほど不便を感じないのでまだ助かっていますが、それよりこの読む対象物を思わず遠ざけるというのが如何にも年寄り臭く、この動作をするたびに頭の中に「老」の字が浮かんで来るので慌ててかき消しています。確かに30代の頃までは、まだまだ「おじさん」ではなく「おにいさん」と呼んでくれる優しい人が沢山いたのですが、最近では「おにいさん」と言ってくれるのは居酒屋のおばちゃんくらいです。そういえば若い生徒さんのレッスンをしていてもついつい「レコード」などと言ってしまい、焦って「CD」と言い換えようとして「LP」などと口走って冷笑されてしまいます。さらにオジサン会話の定番、「初めて我が家にカラーテレビが来た日」シリーズも結構好きです。カラーテレビやビデオ、電子レンジなどの電化製品を初めて使ったときの話で、おじさん同士が思わず盛り上がってしまう、というパターンですが、私の場合はどちらかというと食べ物の「初めてシリーズ」の方がインパクトがあります。小学生の時の初めて体験でよく覚えているのは、2つに割ってスプーンですくう食べ方が珍しかった「グレープフルーツ」。また意外に思う方も多いと思いますがあの「エノキダケ」も一般に広まったのは昭和40年代で、これも初めて見たときは「何だこのひょうろひょろで白いキノコは」と思ったものです。まだまだありますが鮮明に覚えているのは、小学校の時、隣に座っていた女の子が「昨日ラーメンを食べながら塾から帰ってきた」などと言うのを聞いて「こんなかわいい子が歩きながらどんぶりを抱えてラーメンを食べるとは・・」と思ってしまったのです。カップヌードルを生まれて初めて食べたのはこの次の日でした。とまあ「老眼」の話からオジサン度披露話に脱線してしまいましたが、ようするに「オジサン」なのは認めても、自分の体に「老」の字が付く症状が現れたことがどうにも受け入れがたいという心境なわけです。せめてこれからは「老眼」はやめて「壮眼」くらいにしてもらえないでしょうか?(ほりい)
<La Guitarra 編集後記> 2003年11月号
ギターを弾くにわろきもの
おかげさまで先日の私のリサイタルも超満員のお客様にご来場頂き、無事終えることが出来ました。ステージの後によく生徒の皆さんから「先生はステージで全く緊張していないようでいいですね」などと言われます。もちろん実際は見た目ほど落ち着いているわけではありませんが、たしかに最近は極度に緊張したりあがったり、ということはなく、当日の朝など逆にホッとしたりします。なぜかというと、演奏する上で一番大事なのは「体調」もちろんこれには指や腕の調子、爪の調子も含まれます。ですから極論すれば当日を頭スッキリ体も指も軽い状態で迎えられば8割は終わったようなものです。演奏内容については、音楽の神が降臨したかのような奇跡的に素晴らしい演奏をしてやろう、などと邪な考えを起こなければ何とかなるものです。そう、日頃の練習のうち、どちらかというと調子悪い部類かな、程度の演奏が本番で出来れば幸運、と思えば間違いないです。さしあたり皆さんにとっては、目前に迫ったおさらい会ですが、風邪をひかないように、などということは各自気をつけていただくとして、ギター演奏独特の注意点をいくつか。まず数日前からやってはいけないことは、「ネジ回し」、「雑巾絞り」、「ハサミやペンチで固いものを切る」、「重いものを持ち続ける」など。なぜか今日は指の調子がおかしい、と思って記憶をたどると、「昨日、棚の修理で何本もネジを回した」、とか「あまりの旨さに我を忘れてカニの足をハサミで切りまくった」、などということがあります。また案外盲点なのが「パソコン」。「最近何となく腕が重く、指の動きがおかしいが練習不足かな」というような時は要注意です。パソコンのモニターを長時間見続けると、肩や首が凝って、そこから腕や肘、さらに指に影響が出ます。それから言うまでもないことのようですが「包丁」。これが結構多いのです。普段は包丁で指を切った、などという話はほとんど聞かないのですが、やはり、どこか上の空というか、ボーとしているところがあるのでしょうか、おさらい会の前には確率が高くなります。あとは、「酔っぱらって、気がつかない間に爪を割る」。これは私が一番注意しなければいけないことでした。(ほりい)
<La Guitarra 編集後記> 2003年10月号
怖いもの〜その2
以前のこの欄で「虫」が苦手、ということを白状したのですが、もうひとつの大の苦手が「高い所」、早い話が強力な高所恐怖症です。どのくらいひどいかというと、歩道橋が怖くて渡れません。仕方なく渡るときは通路の真ん中を足下だけをじっと見ながら歩くほど。ということで今月はこれまでに体験した高くて怖かった所、BEST3。まず第3位は札幌の大倉山シャンツェ。オリンピックスキー競技のジャンプ台です。夏場は観光地となっていてリフトでジャンプ台の上まで行けるのですが、あれは恐ろしいです。テレビで見るのとは大違いの強烈な角度で、リフトの途中であまりの恐ろしさに足がつってしまい、リフトを降りるところでは足が動かず、転がりながら下車、周りから冷笑されまくり。お次の第2位は、奈良県での公演の際に訪れた、秘境として全国的に有名な「十津川」にある「日本一の吊り橋」。折しもその日は強風注意報が出ており、橋はゆ〜らゆ〜ら不気味に揺れているではありませんか。せっかくですので5mくらいの所まで行って引き返してきました。ちなみにそのつり橋の近くに「野猿」という名の交通手段があったのですが、ご存知ですか?簡単に言うと「人力ロープウェイ」。谷間にロープが渡してあり、ちょうど江戸時代のカゴの様な乗り物がぶら下がっており乗った人間が自分で別の綱を引っ張って反対側に渡る、という仕組みです。「それには乗ったのか?」って、とんでもございません。あんなのに乗ったら途中で気絶して深い谷間の真ん中のカゴに取り残されるのがオチです。そして第一位は、かの有名なガウディーの建築、バルセロナの「サグラダファミリア」(聖家族教会)です。天に向かってそびえる数本の尖塔のうちの一つに登ったわけですが、ご存知のようにこの芸術作品はまだまだ建設途中、エレベーターからして鉄の檻がぶら下がっているようなイメージの代物で登る前から恐ろしい雰囲気です。尖塔のてっぺんから少し下がったあたりでエレベーターから降ろされ、あとは徒歩で登るのですが、すぐに腰を抜かしてしまい動けなくなってしまいました。通行を妨げられた周りのスペイン人に「ぺルドン、ぺルドン」(ごめんなさい)と謝り続けという情けなさでした。15年以上たった今でも何であんなものに登ったのか、と後悔している次第です。(ほりい)
<La Guitarra 編集後記> 2003年9月号
おめでたい話〜その2
先月号の山本君に続いて今月もおめでたい話を2つ。まずは、先日行われた埼玉県ギターコンクールですが、当スクールから出場した安宅寛高君が第2位に入賞いたしました。安宅君は神奈川大学のギターアンサンブル部に在籍中の1999年から私のところに来てくれていますのでかれこれ4年になりますが、彼も山本君と同様に最初の頃は左右のフォームの基本の基本からのスタートでした。また、まだ到底手が届かないと思われた時期から、「コンクールに挑戦してみたい」、という意志を表していた点も山本君と共通しています。コンクール会場に足繁く通って客席から演奏を聴いて、どういう演奏をすれば入賞できるのかを自分の耳で納得すること、そして表彰式の場面では、いつか近い将来自分がそこに立っている、というイメージを持つこと、この二点を実践したことも(無意識かもしれませんが)好結果を得た理由ではないかと思っています。いずれにせよ先月号の話の通り、安宅君もまだまだやっとスタートラインですので今後に期待したいと思います。そしてもう1つのおめでたい話も実は神奈川大学ギター部つながりなのですが、安宅君の先輩で上大岡ギタースクールOBの柴田さん(私も神大の合宿などで何度かレッスンした記憶があるのですが・・)がアカペラのグループ「AJI」で EPIC SONY からメジャーデビュー、この度シングルに続いてアルバムも発売することになりました。柴田君は先日の山本君のコンクールにも応援に駆けつけてくれ、祝勝会でもその好青年ぶりで場を盛り上げてくれました。私も早速シングルを買って聴いてみましたが、「ゴスペラーズの弟分」のキャッチどおりの素晴らしいアカペラサウンドでした。こちらもぜひ応援よろしくお願いいたします。(ほりい)
<La Guitarra 編集後記> 2003年8月号
おめでたい話〜その1
生徒の山本洋史君が先日行われた学生ギターコンクールにおいて大学生の部第一位、全部門を通じての最優秀賞を受賞という素晴らしい成果を出してくれました。4年ほど前、初めて私の前に現れたときの彼は経験者とはいえ独学ゆえの悪癖が散見され、基礎からやり直しに近いほどの状態だったことを思い出します。しかし1年半後、まだとても歯が立たないと思われた神奈川県のオーディションに出場し、入賞には手が届かなかったものの次席に食い込み翌年の本戦出場権を獲得、昨年のオーディション合格へとつなげました。そして先日の全国レベルの学生コンクール最優秀賞となったわけですが、大きな拍手を受けて舞台上で受賞のあいさつをする山本君を客席から見ながらふと20年前の自分の事を思い出しました。私が東京国際ギターコンクールで1位になったのも山本君と同じ23歳の時でしたが客席で審査発表を待つ間の不安と期待が混ざった何とも言えない心境は未だに忘れられません。やけに長く感じた結果待ちの数十分の後コンクールのスタッフとして先に審査結果を知った師匠が発表準備のために会場に入ってきたのですが、その様子はいかにも足取りが軽く、心なしか口元もゆるんで見え、「これはひょっとすると・・」などと余計に期待が高まり緊張したものでした。そして期待通りに発表された瞬間は最高の結果が出せた充実感と喜び、極度の緊張から解放された心地よさでまさに飛び上がらんばかりでした。しかし今になってみるとここがやっとスタートラインであったことが良く分かります。なぜならコンクールでの演奏は師匠に創ってもらった音楽を言われた通りに指を動かしていたようなもので、自分の音楽などという実感は全く無かったのです。それから20年、もちろん今でも自分の音楽などと胸を張れるようなものは無く毎度もがき苦しんでいるわけですがまあ一年一年プラスαを積み重ねていくしかないと言うことだけは学んできたつもりです。というわけでスタートラインの山本君ですが、今後とも応援をお願いいたします。(ついでに20年先をヨロヨロ走っている私のリサイタルもよろしく願いいたします)(ほりい)
<La Guitarra 編集後記> 2004年5月号
蛍
「蛍の光、窓の雪・・」などと歌っても、「いったい何匹のホタルが集まったら書などが読めるんじゃい?」などと無粋な突っ込みを入れたくなるほど都会の人間にとってホタルは縁の薄い存在です。私も小学生の時に旅行先の十和田湖で初めて見た時の光景は鮮明に記憶しているのですが、それ以降でホタルを見たのはつい3年ほど前の横浜三渓園でのホタル見物イベントくらいです。三渓園のホタルもこんな都会の真ん中でホタルが見られるとは、ということで感激したのですが、実際には園内の小川の辺を目を凝らしてやっと所々に光が見えるという感じでした。そんなホタル体験しか無かった私なので今回の島根県ツアーで訪れた津和野で「超季節限定ホタル見物バス」が運行されていると聞いてもそれほどの興味は持ちませんでした。結局その日がたまたま移動日で夜も暇だったので大した期待もなしに津和野ホタルバスに乗りこんだのですが・・。いやいやこれには感動しました。まず津和野の中心地から10分ほどのところが第一ポイントということでここでバスを止めます。ここは人が外で見物するスペースが無い道路らしくバスに乗ったまま片側の窓の外を見るように言われました。その時点では何も見えないのですが、バスの室内灯を全て消した途端!!、窓の外に点滅する無数の光が・・・。バスの中に広がる歓声。この憎い演出のあとまた5分ほど走り第二ポイント。今度は全員外に降ります。ここからは真っ暗で何も見えない細い道をガイド(地元のお土産屋さんのおじさんがボランティアでやっているらしい)の先導でしばらく歩きます。数分して突然橋の上に出た気配を感じた途端に、両側の視界一杯に乱舞する無数の光が現れました。遠近感のない暗闇の中で大小無数の光が呼応するように点滅し流れる様はまさに別世界。これには先ほどのような歓声は無く、予想を超えた空間の出現にそこに来た皆がしばし言葉を失っているようでした。この見事なホタルツアー、多くの人に見てもらいたいような、あまり広まりすぎても困るような、ということで津和野の観光協会でも宣伝はせずその時期にたまたま訪れたという方だけにお知らせしているというお話でした。しかしこのホタル体験が出来る環境を維持するのに地元の方々の大変な努力があるとのこと、いつまでもこの素晴らしいホタルが見られることを願わずにいられません。
<La Guitarra 編集後記> 2003年5月号
爪と弓
ヴァイオリンは弓で弦を擦って音を出し、ピアノは鍵盤を押すと中のハンマーが弦を叩いて音が出ます。それに対してクラシックギターは、というと演奏者の体の一部、指先と爪で直接弦を弾いて音を出します。ヴァイオリンの場合などは本体よりも弓にこだわる演奏者も多く中には何千万円もする名弓もあるそうですが、直接音色と弾きやすさに関わる部分と考えれば納得できます。ということはギタリストにとっては自分の指先、爪が「弓」にあたるわけで、この自分の肉体の一部を使って音色を紡ぎだすというところがあの何とも言えず人間味のある音色の秘密であり、クラシックギターの究極の魅力ではないかとも思います。また爪の場合は声楽の場合の声と同様にその人のもともとの爪の質、厚さ、形があるので全く同じ楽器を弾いても弾き手によって音色の印象はかなり変わる事がありますが、これもギターの面白いところです。ギターを弾かない人にとっては、たかが爪ぐらいと思われるかも知れませんが、プロのギタリストにとってはどれか1本の指の爪がほんの1mm程度欠けてしまったくらいでも片側のエンジンが故障した飛行機くらいのダメージでとてもまともな演奏はできません。ですから某ギタリストなどは万が一爪が欠けた時に備えて常時足の爪を異常に伸ばしておいてそれを修復に使うそうです。私もそこまではしませんが、鞄の中や財布の中にも常時紙やすりが忍ばせてあり、少しでも爪に傷がついたらそれ以上拡大しないようにすぐに修復に取りかかります。先日も電車の中で爪の傷を見つけておもわず爪磨きをしてしまい、ふと気付くと周りから冷たい視線が・・。さぞかし気持ちの悪いオジサンだと思われたに違いありません。まあここまでしなくてもいいですが、レッスンの度に爪の手入れの悪さを指摘されているあなたは、自分の指先が高価な弓に匹敵すると思ってこれからは念入りに手入れをしましょう。
<La Guitarra 編集後記> 2003年2月号
虫怖い
生まれも育ちもコンクリートに囲まれた横浜のど真ん中、という訳でもないのでしょうがどうも小さいころから「虫」の類いに弱くて困っています。未だにあの「蝉」が気持ち悪くて触れないのですから重症です。皆さんも「あれだけはどうも苦手」というのはないですか?というわけで今回は久々のBEST3シリーズ、虫がらみの恐ろしい話編。まず最初は、学生時代のある夏、友人達と近場の小さな島に遊びに出かけたときのこと。何気なく岩場に降りていった途端、何と足下の岩全体がすごい勢いで動き出した・・と思ってよく見ると動いているのは岩ではなく何百匹、何千匹という「フナムシ」の大軍。岩の表面をびっしり覆っていた「フナムシ」が足音に驚いて一斉に移動したのです。その後慌てて逃げ帰ったのは言うまでもありません。そしてお次も海絡みですが、釣りの達人A先生に誘っていただき生まれて初めて釣りに行ったときのこと。まさかあのようなグロテスクなものを餌に使うとは全く知らなかった私はあの「青イソメ」というやつを一目見て気絶しそうになりました。しかも素手で捕まえて針に刺すなどとんでもありません。こんな恐ろしいものを触るくらいなら釣りなど一生やらない、と言い張る私にやさしいA先生はあとはイソメに触らず海に投げ込めばokというところまで仕込んでくれました。そしてイソメに触らないよう慎重に釣り竿を振り上げ「エィー」とばかり投げ込んだ・・はずだったのですが、そこは超初心者、リールの使い方がまずかったらしく糸がすぐにストップ、空中で素早くUターンした「青イソメ」はまっすぐに私の顔を目がけて突入してきたのです。その後どのようにイソメの突入を回避したのか、は全く記憶に残っていません。そして3つ目の恐怖。これも学生時代のある夏の夜、友人と外で立ち話をしていたのですが、何気なく横の電柱に手をついた瞬間、そうです、あの背中を黒々と光らせたやつが、あっというまに私の手から腕を伝ってきたのです。しかもその日は運悪くだぶだぶのシャツを1枚着ただけ。難なく袖口から進入してきたそいつは・・・以下思い出したくないので略。一緒にいた友人は、私がシャツの裾をばたつかせながらいきなり踊り出した(ように見えたらしい)のでついにおかしくなったと思ったとのちに供述していました。しかしここまで書いていてだんだん気分が悪くなってきました。皆さんスミマセン。(ほりい)

Yoshinori Horii