<La Guitarra 編集後記> 2002年12月号
ロマニちゃん近況
今年の初夏にそれまで20年間使っていた楽器を手放し、新しいパートナーを迎えたことは以前この欄でも書きました。そのときはそれぞれの楽器の特徴を分かりやすいように女性にたとえて、お別れした楽器=イグナシオ・フレタを、容姿、家柄、才能などは申し分ないのだが、プライドが高く少しでも弾き手が手を抜こうものならすぐにへそを曲げてしまう楽器で結局私には手におえなかった、というような事を書きました。これについてはその後、楽器を良く知る方々や、同じフレタを使っていて長年このパートナーに振り回され続けている方から共感のお言葉もいただきました。あれから半年、「三顧の礼」に加えて「三百の札」も尽くして私の元に来ていただいた新パートナー=ホセ・ルイス・ロマニリョスと熱々の蜜月を過ごしてきました。もうそろそろお互いの嫌なところも目に付いて他の楽器に目移りしているのでは、などという声も聞えてきそうですが、実際はそんな気配どころかさらに熱々、ハリウッドスターの新婚カップルのようであります。(このたとえだとすぐ別れそうですがそんなことはありません)肝心な音についても、最初は上品ながらも遠慮がちな鳴り方だったロマニちゃん(気味悪がらないでください)が最近は張りと力強さも見せてくれ、音色も、過剰な色気がない変わりに一本筋が通っているという、私の好みに(楽器の話ですよ)どんどん近づいてくれています。シンプルな装飾の小柄なボディーもしっくり馴染んできて(楽器の話ですよ)音色の癖も少しづつ分かってきました。また自分でも面白いと思うのは、弾き慣れた曲でも楽器が変わると表現が随分変わるというか変えたくなる、という事です。来年早々のサロンコンサートではあえて弾き慣れた曲をプログラムに多くのせてみたのですが、自分でもこのような曲がどのように変わるか楽しみだからという理由もあってのことです。少し遠いですがよろしかったらロマニちゃん(何度書いても気持ち悪いですね)の音色を聴きにいらして下さい。
<La Guitarra 編集後記> 2002年8月号
大橋シェフのパエリャ
今年も真夏恒例のバーベキュー大会が開かれ野外料理とビールを満喫しましたが、そのメニューの中で話題集中、大絶賛だったのが、GSNトリオ、大橋(兄)氏によるスペイン料理「パエリャ」でした。もともと大橋(兄)氏の料理の腕前は関係者の間では有名で、本人もつねづね「もしギターが弾けなくなったら料理人になって店を出す」と言っている程です。その大橋シェフが、スペイン留学時代(料理ではなくギターですよ!)に専用鍋(これをパエジェーラといいます)まで仕入れて腕を磨いていたのですから、当日のパエリャには期待が高まりました。しかし家庭用のパエジェーラと違い、50人前を鉄板で一度に作るのですから食材や調味量の割合、米の炊き加減など本当に大変です。またパエリャの味の決め手になる魚介のスープは、前日に自宅でじっくり仕込んだものを持ち込み、香りと色の主役サフランは非常に高価なため安いお店を探し回ったそうです。こうしてでき上がったパエリャはまさに絶品、参加者の中にはパエリャを食べたのははじめて、という人もかなりいたようですが、おかわりの列が出来る人気であっというまに売り切れでした。パエリャは米の産地として有名なバレンシア地方の郷土料理ですが、ご当地では休日にお父さんが腕をふるう男の料理とされているそうで、まさに大橋シェフにぴったりです。ちなみに、パエリャを作るための平たい鍋を「パエジェーラ」というのに対して、肉や野菜をグツグツ煮込むのに使われる深い鍋を「オージャ(OLLA)」といい、日本の「おじや」の語源だそうです。カステラ、てんぷらがポルトガル語というのはまだしも「おじや」がスペイン語だったとは夢にも思いませんでした。
<La Guitarra 編集後記> 2002年7月号
山寺の和尚さん
6月の下旬にイベントの仕事がありサクランボ真っ盛りの山形に出かけてきました。山形には観光も含めて何度も行っているのですが、今回初めて訪れたのが、「閑さや・・・」の芭蕉の句で有名な山寺(立石寺)です。山寺は奇岩が折り重なる山腹に作られた千四百余段と言われる石段でも知られています。しかしこの石段を登らないと目指す奥の院までたどり着けないということで、二日酔いの体に鞭打って何とかお参りをしてきました。と、そこまでは良かったのですが、その帰路の運転中に突然頭の中に「♪山寺の和尚さんが、鞠は蹴りたし鞠はなし・・・」という唄が浮かび、ぐるぐる回って離れなくなってしまいました。途中の半音下がったような音程が妙にこびりつく節で、一旦忘れていてもふと気づくともう頭の中のプレーヤーがスタートしています。そうこうするうちに今まで忘れていた歌詞まで気になりだしました。ご存知の方は多いでしょうが、先の歌詞の続きは、なんと「猫をかん袋に押し込んで ポンと蹴りゃ ニャンと鳴く ニャンがニャンと鳴く ヨイヨイ」となっています。ヨイヨイどころかこれは動物虐待じゃありませんか。ましてやこの場合、和尚さんともあろう人の行為としてはいかがなものかと。そんなことを考えているうちに他にもわらべ唄や童謡のたぐいに、残虐や意味不明というものが少なくないのに気がつきました。たとえば、タイトル自体がひどい「ねこふんじゃった」をはじめ、「♪てるてる坊主 てる坊主 あした天気にしておくれ それでも曇って 泣いてたら そなたの首をチョン切るぞ」(てるてる坊主の3番)「唄を忘れたかなりやは、後ろの山にすてましょか、いえいえそれはなりませぬ 。・・・背戸の小やぶに埋めましょか、・・・柳の鞭でぶちましょか・・・」(かなりや)、などとどんどん浮かんできます。そういえば、童謡に限らず、古今東西の昔話やマザーグースなどの童話も非常に残酷なものが多いというのは良く知られています。いったい小さい子どもにこれらを通じて何を教えようとしているのか、さらには深い意味でもあるのか、私にはさっぱり分かりません。どなたかご存知の方いましたら教えて下さい。
<La Guitarra 編集後記> 2002年6月号
新しいパートナー
このたび20年近く連れ添ってきたパートナーと別れ、新しいパートナーを迎えることになりました。お別れしたのは、1964年生まれの「Ignacio Freta y hijos (イグナシオ・フレタ)」、クラシックギターの世界3大銘器の一つともいわれる楽器です。私が連れ添っていた「フレタ」ももちろん素晴らしいギターで、二十代の頃のコンクールに始まり、たくさんのステージで力になってくれ長年苦楽をともにしてきました。ただ、実力十分で容姿端麗、しかも世界的な名家の出身でとくれば・・・。そう、プライドが高く、気が強くて、頑固、相手がちょっとでも気を抜こうものならとたんにヘソをまげてしまう、というお決まりの性格なのです。貧しいギタリストの私は、身分の違いを乗り越え、何とかこのパートナーとうまくやっていくよう努力をしてきたわけなのですが、ついに決断。結論は「素晴らしい楽器だが、理想のタイプではない」。もともと性格的な面でしっくり行っていなかったのが、年を経るにつれてはっきりと見えてきたということで、これが男女の話だったらここから先はもう大変、ジメジメ、どろどろ、場合によっては修羅場が待っているかもしれません。が、今回の楽器の話ではすっきり爽やか、新しいパートナーを見つけたのです。「Jose Luis Romanillos 1977年(ロマニリョス)」というイギリスの楽器で、フランスの「ブーシェ」、スペインの「フレタ」、ドイツの「ハウザー」といった伝統的な銘器と並び称されるギターです。このギターに決めるまでの紆余曲折、運命的展開(大げさですが)についてはまたの機会にゆずりますが、とにかく第一印象でした。初めてケースを開けたときの直感、それから手に持って、木と塗料の香りを感じて、抱えて、音を出して、「ビビッと」きた訳です。このへんも何やら男女の出会いの話のようですが、全くその通りであります。今では、朝起きてはご機嫌をうかがって音を出し、帰宅すれば真っ先に音を出し、夜中でも突然音色を確かめたくなって小さな音で弾いてみたり、ケースを開けてニヤニヤしたり、全くいい年して子どものようです。とはいえ、楽器を弾きこなす= 仲よくなって、癖や性格を知って楽器の持つ実力を出し切る = までには、かなりの時間も必要です。出来るだけ早く皆さんに新しいパートナーをご紹介できれば、と思っています。
<La Guitarra 編集後記> 2002年4月号
ラーメン激戦区
横浜ギタースクールが入っているビルの1階にあるラーメン「吉村家」はカップラーメンが発売になるほどの有名店とのことですが、実は自宅教室のある地下鉄吉野町駅周辺もおいしいラーメン屋さんが多いことで知られています。旭川ラーメンの元祖「天金」の姉妹店「旭川ラーメンぺーぱん」、年配の夫婦で切り盛りする昔ながらの下町風ラーメン「やっこ」、の両店はラーメン特集には必ず登場し遠方からの客も多い店。さらに昨年暮れにオープンしたばかりにもかかわらず連日行列の「流星軒」、広い店内が一日中満員の京風屋台ラーメン「よってこや」などが参入してラーメン激戦区の様相です。と、私もかなりのラーメン好きで、おいしいという噂を聞けばすぐに出かけてしまう方なのですが、それにしても最近のラーメングルメの加熱ぶりにはちょっと???です。テレビ、週刊誌のラーメン屋ランキングの上位に登場した店主などはラーメンカリスマとなり、お客はおやじの逆鱗に触れぬよう恐縮して静かにスープの最後の一滴まで飲み干す、という事態など尋常ではありません。最近はブームに乗じて店先に「定休日○曜日、ただしスープの出来に納得いかない日はお休みします」などと自慢気に張り紙をしている店もよく見かけますが、納得いかないのはこっちの方です。そんな事が許されているのは(だれも許していませんが)ラーメンの世界だけで、「今日入荷の羅臼産の昆布には納得いかないので休業します」という和食店や、「今日のコンソメの出来には納得いかないのでお休みします」というレストランなどありません。ついでに「今日は爪の磨き方に納得いかないのでコンサートはやめます」などというギタリストがいたら大変な事になります。やっぱりさりげなくおいしいラーメン屋さんがいいですね。
<La Guitarra 編集後記> 2002年3月号
手相
先月号で、ギターの持ち方、爪の形などは千差万別、プロのギタリストでもかなり違いがある、という事を書きましたが、今回はその続きで「手相」についてです。実はかなり前から手相に興味を持ち初めて、休日にはアルバイトで虫眼鏡を持って街角で手相を見ている・・・というのはもちろん冗談ですが、生命線だの運命線だのの方ではなくて、ギター演奏上の「手相」についての話です。職業柄、毎日毎日人の手を見続けているわけで、これまでに何百人かの手を見てきましたが、実は人によって手相は驚くほど違っています。人の顔がこれほど違うのだから、と考えてもらえば分かるとおり、単純な手の大きさだけでなく、手の平の幅と長さ、そのバランス、手のひらと指の長さのバランス、5本の指の長さとそのバランス、手の平や指の肉付き、骨の太さ、指の生えている位置、さらには指の生えている角度、など観察してみると本当に面白いものがあります。指の生える位置など違うものか?とお思いの方もいるでしょうが、たとえば親指の付け根がかなり下がっていてちょうどチンパンジーの手のような感じの人も見かけます。今までのレッスンの経験で「このタッチで弾けば、きれいな音が出るはずなのにこの人の場合はなぜ出ないのだろう」と思うことがしばしばで、いろいろな原因を探っていくうちに、ここに挙げたような要素が浮かび上がってきたわけです。こうなったらもう少し「手相」と「演奏スタイル」の関連を研究して、より速く個々の生徒に適したフォームやタッチを見つけてあげられるようにしたいと思っています。今後レッスン時にまじまじと手相を見せてもらう事もあるかもしれませんが、その時はどうぞご協力を。

Yoshinori Horii