GSNトリオ旅報告〜2005年05月14日

長崎公演〜明日から長崎公演スタート

 いよいよ明日から一ヶ月間の旅生活のスタートです。月曜日の午前から公演があるので明日の午後の便で福岡へ飛び、福岡から対馬行きの便に乗り換えます。スケジュール表によると対馬の空港についてからさらに車で2時間近くも移動して対馬の最北端まで向かうようです。ホテル到着は夜8時ころの予定です。  今回、生徒たちにおなじみの曲として選んだのは、D-51の「NO MORE CRY」、喜んでもらえるでしょうか。

GSNトリオ旅報告〜2005年05月15日

初めて第二ターミナル

先週スタートした吉野町市民プラザのギターワークショップの講師の仕事を昼に終え、休むまもなく羽田へ。そういえば第二ターミナルが出来てから初めてです。




GSNトリオ旅報告〜2005年05月16日

対馬ではとんだ歓迎に

 福岡空港からは上昇したと思ったらすぐ最終着陸態勢のアナウンスというあっけないフライトで対馬に無事到着しました。しかしここでちょっとしたトラブル発生。手荷物の受け取りを先にすませた大橋兄と私がロビーに出たところでなにやらただならぬ気配の二人の男性に呼び止められました。そして人目を避けるようにこっそり見せたのが警察手帳。どうやらウ゛ァルガスと一緒にいるのを見て不審な一団とにらまれたようです。私服刑事らしいその一人は妙に丁寧な言葉遣いで質問をしてきます。結局の所、おまえらはどうみてもまっとうな集団とは見えないが、何者だ、ということらしいので、正直にミュージシャンである、と答えたのですが、これはますます怪しい、という展開に。まあその後、ウ゛ァルガス本人とマネージャーのKさんも加わって擦った揉んだの末無罪放免。だいたい国際テロ組織かなんかだったら、こんな酔っ払って赤い顔をしてないですよね。とにかく、警戒厳重は結構ですが、はなから怪しいと決め付けたような態度に一同ムッとして空港を後にしたのでし た。

GSNトリオ旅報告〜2005年05月17日

演奏初日

16日の演奏初日は7時にホテルを出てホールに向かい、すぐに仕込み、リハーサル。ウ゛ァルガスとの演奏上の打ち合せがあるので初日だけは時間に余裕を持って会場入りします。九時半本番、対馬の生徒児童の反応も良く無事終了。しかしここから午後の会場厳原までは二時間の移動です。

厳原(いづはら)

演奏初日(16日)の午後は対馬で一番大きな町、厳原の中学校合同の公演。今日はこの厳原泊なので演奏を終えホテルについてもまだ4時過ぎ、まだまだ明るいので一人でぶらぶら散歩に出かけました。厳原は町の中心部に海が複雑に入り組んでいて所々に漁船が停泊しており、潮の香りのする細い裏道に入ってみると島特有の旅情を感じます。  港にだんだん夕暮れが近づいてくると、ところどころに小さな飲み屋の渋ーい昭和初期風看板の明かりが灯っているのが見えてきます。今日は飲んで良い日(一日おきの休肝日をきっちり守っているので)なので今度は美味しそうな店の探索に目的変更。結局メンバー全員と落ち合い新鮮な魚介を堪能しました。中でもサザエは美味しかったです。

GSNトリオ旅報告〜2005年05月18日

韓国のテレビも映る?!

 対馬は日本より韓国の方が距離的に近い、ということは知っていましたが、実際に来てみるといろいろな所で韓国とのつながりを感じます。空港や観光地にハングルの案内板があるのはもちろん、道路標識もほとんどが日本語とハングルの併記になっていました。また最初に宿泊した上対馬の比田勝港近くのホテルでは、何気なく見ていたテレビの番組がどうも違う雰囲気だと思ったら何と韓国の放送でした。いつも音を消して見ているのでしばらく気がつかなったのですが、何かが違うのですね。(写真は浅茅湾)

対馬から長崎へ

  対馬三日目は島のほぼ中央に位置する豊玉で小中学校合同の公演。会場は公会堂なのですが非常に珍しい作りのホールでコンクリート造りの円形ドームのようです。和やかな雰囲気でコンサートを終えた後、夕方の便で長崎に移動なのですが、空港に行くにはまだ時間に余裕があるということで地元の方のお勧めの観光スポットに寄り道することができました。まずは「和多都美神社」。浅茅湾の海面から立つ鳥居がある古社で、海幸山幸の神話の舞台と伝承されているそうです。(写真)その後、浅茅湾のリアス式海岸の眺望が眼下に広がる鳥帽子岳展望台に立ち寄ってから空港へ。対馬では天候に恵まれ素晴らしい自然を満喫できました。対馬から長崎への便は何と39人乗りのプロペラ機。久しぶりのプロペラ機でしたが安定した飛行で上空から壱岐や九十九島などの地形がくっきり確認できました。

怖がらせてゴメンね

演奏3日目、18日の午前は大村市の養護学校で公演。小学生から高校生、先生、保護者を前に約一時間の演奏を楽しんでもらいました。養護学校でも基本的には一般の学校とプログラムは同じにしていますが、曲間のお話は少し気を遣います。この日はファリャの「火祭りの踊り」の説明で私が「この曲は幽霊が出てくる物語の音楽で・・」と話し出した途端に最前列にいた小学生の女の子が泣きだしてしまい、とうとう曲の間中泣き通しでした。でもこの後「アニメメドレー」の「ドラえもん」の歌で機嫌を直してくれたようで笑顔がもどりホッとしました。 (写真は昨日乗った対馬から長崎へのプロペラ機)

GSNトリオ旅報告〜2005年05月19日

オジサン3人でオランダ坂

 18日午前の演奏後は大村から諫早への短い移動だけでこの後はうれしいオフ。今まで公演で長崎には何度も来ているのですが、いわゆる観光地という所には行ったことがありません。諫早から長崎は特急で20分もかからないので出かけてみました。市内にはどこまででも一律¥100という市電が走っているので非常に便利です。オランダ坂、グラバー園、大浦天主堂、中華街など主な観光地を回ってみましたが、ロマンチックな小雨のオランダ坂にオジサン3人ですから全くさえません。早々に切り上げて諫早で一杯と言うことになりました。(写真は大浦天主堂)

はやいもので長崎公演も明日まで

 今回の長崎公演は昨日の午後まで小雨が降ったもののそのほかはほとんど気持ちの良い快晴で気温、湿度も快適です。そんなこともあってか、今回はやけに日が過ぎるのがはやく感じます。  演奏四日目の19日(木)は午前、午後とも諫早市内の養護学校での演奏。午前は小学生、中学生の合計でも40人ほどの小さな学校でしたが、演奏を終えると車イスに乗った子ども達が駆け寄ってきてうれしそうに話しかけてくれました。子ども達から、楽しかったのでまた来て下さい、と言われるのは何よりうれしいです。午後は高等養護学校で100名以上の高校生を対象にコンサートでしたが、ステージとのコミュニケーションもバッチリ、和やかで楽しい公演で、生徒たち手作りの作品という沢山のおみやげまでいただきました。  いよいよ明日は最終日で島原半島方面に移動します。諫早からかなり距離があるので朝は6時前に起床です。

長崎の美味いもの

 GSNトリオの旅報告に美味い肴と旨い酒は欠かせないのですが、今回は残念ながら「これは美味かった」というものに出会えませんでした。特に対馬の海の幸には少なからず期待をしていたのですが、今回の短い滞在中にはインパクトのある魚貝には出会えませんでした。実はそれもそのはずで、地元の方がこっそり教えてくれた話によると、せっかく対馬近海で獲れた新鮮な魚貝はいったん福岡の市場に運ばれてさらに逆輸入の形で対馬に入ってくるとの事で、これには何ともガッカリしました。  長崎近辺に戻ってからも珍しい肴にはお目にかかれませんでしたが、ちょっと意外だったのが「うちわ海老の刺身(海老味噌つき)」。うちわ海老は佐賀の屋台で茹でたものを何度もいただいていますが、刺身は初めてでした。これが、ねっとり甘く、ちょうど北海道のボタン海老の刺身に似たおいしさでした。  海の幸以外では初物が2つありました。一つは長崎の中華街名物「角煮まん」ですが、ようするに長崎名物の卓袱料理の角煮を中華まんじゅうの皮に挟んだ食べ物です。中華まん、と違う点は具が中に入っているのではなく、注文を聞いてから角煮を挟んで手渡してくれるところです。お味の方ですが、まあまったく予想通りといった感じです。  もう一つは長崎名物?「トルコライス」。私は今回まで聞いたこともなかったのですが結構知られているものなのでしょうか?どういった物かというと写真の通りの洋食盛り合わせ一緒盛りです。バターライスの上にトンカツ又はハンバーグが乗っかって、デミグラスソースやカレーソースがかかり、その横にミートソースのスパゲティー、さらに野菜盛り合わせ、この全てが一皿に盛ってあるのですからすごいボリュームです。しかしお味の方は特にコメントする必要はないというくらい「そのまんま」でした。ちなみに「トルコライス」のネーミング、諸説あるそうですが、東洋と西洋の料理の折衷で「トルコ」、という説や見た目の色具合から「トリコロール」となりこれが「トルコ」に変わったというあたりが有力だそうです。でもなんか怪しい?!

GSNトリオ旅報告〜2005年05月21日

長崎公演無事終了

20日(金)は6時前に起床、荷物の整理なども済ませ諫早のホテルを出発、島原半島に向かいました。午前の公演地は加津佐町で小学校数校合同の公演。午後は島原半島をさらに進み14年前の普賢岳の土石流被害で有名な地域にほど近い布津町での小中学校合同公演。最終日も元気な子ども達に喜んでもらい、今回の長崎公演打ち上げ。対馬空港で警察の取り調べという予期せぬスタートでどうなることかと思いましたが、終わってみると天候にも恵まれ機材のトラブルなども全くなし、順調なツアーでした。メンバーは夜の便で長崎空港から帰京しますが、機材車は陸路東京へ向かい、機材、楽器はこのまま積んだまま一週間後の岩手公演に向かってもらうことになっています。